第18回 箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬマラガラシ

松本 卓也

 

 「あの家、屋根低くない?」

 道中で最初に違和感を覚えたのは、ダルエスサラーム発の国内線飛行機がもうすぐキゴマに到着しようというときでした。午前10時50 分発の飛行機に乗り込み、1 時間半近く飛行機に揺られてうとうとしていた私には、眼下に連なるキゴマの建物の屋根が低く見えていたのです。そのときはまだ高度もあってよくは見えず、単なる見間違いか、何か特殊な建物なのかな、くらいにしか思わずに再び眠りにつきました。まさか屋根が低いのではなく水位が高かった・・・・・・・のだとは、心地よく眠りにつこうとしている私は、それこそ夢にも思っていなかったのです。

キゴマ空港に到着して、合流した顔なじみのタクシードライバーから、今年の雨季の記録的豪雨がキゴマに深い爪痕を残したことを聞いたのでした。まず、空港からホテルへと向かう道順がいつもと違います。

 「あの道は水没したからいま通行止めだ」
 「見ろ」

 回り道をした先の道路も一部が水没しており、ハスのような水草が浮いていました(写真1)。屋根が低く見えるほど浸水した家は確認できませんでしたが、道路が水没するくらいですから、おそらく場所によってはたいへんな事態になっているのだろうと推察されました。


写真1 水没しかけているキゴマ郊外の道路



 第7・8回のマハレ珍道中(タンザニアを車で横断する〜変わる道路事情〜その@A)ではダルエスサラーム・キゴマ間の車移動について紹介されていますが、近年は道路の整備が進み、キゴマ→イラガラ→カトゥンビと車で移動することができるようになりました。今回も、車でカトゥンビまで移動する予定でしたが…。

 「明日カトゥンビまで車で行きたいんだけど、この車で行ってくれる?」
 「無理無理!雨で道がなくなっちまってるよ。がんばってイラガラまでだな」

 しかたありません。途中のイラガラまで車で行って、そこからマラガラシ川をボートで下ってタンガニイカ湖に抜けて、そのままボートでマハレ入りしよう。そう決めました。そうと決めたらすぐに現地のトラッカーに連絡です。調査隊のファイバーボート(イコチャ)でマラガラシ川を遡上してイラガラ近くで待っていてもらうよう、スマホでメッセージを送っておきました。道中の計画変更は日常茶飯事で、慣れたものです。

 しかし、すっかり油断をしていた私に、イラガラで更なる大きな試練が待ち受けていたのでした。

 イラガラはキゴマから陸路でマハレへと向かう途中にある、マラガラシ川近くの町です。マラガラシ川は、タンガニイカ湖に注ぐ川の中では最も集水域の面積が広く、また流量の多い川とされています。そのためか、イラガラからマハレへと向かう道の途中、マラガラシ川には橋が架けられていません。その代わり、小型のフェリーのような船が1日に何度も往復して車も人も渡しています(写真2)。車でマハレ入りする際もこの小型のフェリーを利用します。私はこのフェリー乗り場で、トラッカーが運転するファイバーボートと待ち合わせをするつもりでした。しかし…フェリー乗り場のはるか手前で、タクシーは止まってしまいました。



写真2 調査隊のボート(手前)と小型フェリー(奥)



 「ここまでだな」

 というタクシー運転手の声に押されるように車を降りてあたりを見渡すと…マラガラシ川が目の前一帯を飲み込んでしまったように、濁流となって流れていたのです(写真3)。



写真3 道を飲み込むマラガラシ川



 「ちはやぶる神代も聞かずマラガラシ」

 ふとそんな句が頭をよぎりました。

 当然ながら、水陸両用でもないふつうのタクシーでこれ以上進むことはできません。ここからの移動は手漕ぎの渡し船になりました(写真4)。たくましいことに、既に何隻も渡し船が往復していて、新しい社会インフラとして機能している感がありました。船頭さんに500 シリング(約30 円)を払って、ゆっくりと水浸しの世界を進んでいきます(写真5)。私は、スタジオジブリ制作の映画「崖の上のポニョ」のワンシーンを思い出していました。主人公のそうすけとポニョが魔法で大きくしたおもちゃの蒸気船に乗って洪水後の世界をトコトコと進んでいく場面を思い出していました。電信柱もアブラヤシの木も、川の中から生えているように見えます。人力でゆったりと進むボートに座って静かな風を浴びていると、世界の移り変わりを肌で感じられるようでした。



写真4 手漕ぎボート乗り場






写真5 水浸しの世界をゆっくり進む手漕ぎボート



 同乗していた老翁に話を聞くと、60 年近く前にも同じようにマラガラシ川が氾濫したことがあったそうです。もし本当なら、マハレでチンパンジー調査が開始されるくらいの昔にも、同じような氾濫があったことになります。「神代も聞かず」はどうも大げさだったようです。しかし、かつての調査隊と同じような経験をしているのかと思うと、少し誇らしい気持ちにもなりました。
 フェリー乗り場には30 分ほどで到着しました。小型のフェリーは運休中のようでしたが、流されずに残っていました。無事に合流したファイバーボートに荷物を詰め込んで、今度は風を切るように、船外機の轟音とともに私とトラッカーたちはマラガラシ川を下りました。

 「箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬマラガラシ」

 背中を丸めてフィールドノートのページが風になびくのを防ぎつつ、私はそうしたためたのでした。


(まつもと たくや・信州大学)



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