平成22年度研究概要
西田利貞
Mグループのチンパンジーの行動目録の最終的な編集、他の地域のチンパンジーの行動検索などを包括的におこない、共同研究者とともに”Chimpanzee Behavior in the Wild: An Audio-Visual Encycloipaedia"として単行本にまとめ、Springer社から出版した。共同研究者とともに、Mグループの第一位オスのトップの座獲得法、任期、引退後の生活などについて40年間の記録をまとめ、国際霊長類学会で口頭発表した。・キーワード
文化的行動、流行、社会的学習、映像エソグラム、行動の地域間比較
中村美知夫
野外調査を継続すると同時に、XT08が母親以外の個体に頻繁に運搬される点についての事例報告を含む論文を『霊長類研究』に、ソーシャルスクラッチのつつき型がいまだに一部の個体で観察されている報告をPan Africa Newsに、文化行動についての総説を"The Mind of the Chimpanzee: Ecological and Experimental Perspectives"(University of Chicago Press)に執筆した。また、これまでに蓄積されているチンパンジーの遊動データの入力作業を進めた。・キーワード
文化的行動、発達、社会的学習
島田将喜
「野生チンパンジーにおける対物遊びと道具使用行動の発達過程」というテーマで野外調査を実施した。チンパンジーの対物行動を、単独−社会的、実用的−遊び、によって分類し、それぞれの特徴を記述するとともに、発達に伴ってどのように変化するかについて長期調査を継続中である。・キーワード
社会的遊び、物を伴った社会的遊び、対物遊び、道具使用行動
松本卓也
さまざまな年齢のM集団のアカンボウ個体を個体追跡し、主にアカンボウが口にするものと口にした際の母親の行動を記録した。チンパンジーのアカンボウ個体はオトナが口にしない植物の部位も口にすること、また、発達の過程で、母親と同じ植物部位を母親と同時に採食する頻度が高くなることについて、SAGA(アフリカ・アジアに生きる大型類人猿を支援する集い)でポスター発表を行った。・キーワード
母子関係、発達、採食レパートリー
平成21年度研究概要
西田利貞
M集団のフィールド調査を行い, 新奇行動と流行現象を中心に観察をおこなった。DNA解析で明らかになった父娘1組が fumble nipple という行動を共通におこなうだけでなく、方法が同じであることを発見した。この父娘の親疎度は低かったので、この行動は観察学習によるのでなく、遺伝的に獲得されたと推定された。ピルエットという運動・回転性の遊びの発達について論文をまとめ、Nishida & Inaba として出版した。また、チンパンジーの行動の包括的なエソグラムを作り、過年度に撮影したビデオを編集し、総数700に及ぶビデオを含む映像エソグラムを完成した。・キーワード
文化的行動、流行、社会的学習、映像エソグラム、父子関係
中村美知夫
おもに、幼少個体の行動発達や新奇行動に着目して母子ペアの追跡をした。XT08が頻繁に母親以外の個体に頻繁に運搬される点について観察をおこない、事例の一部を霊長類学会自由集会で発表した。・キーワード
集団間比較、社会行動、道具、狩猟
松阪崇久
M集団のフィールド調査を継続した。主に未成熟個体を対象として個体追跡をおこない、文化的行動の発達と新奇行動に関して観察した。また、ビデオ記録を用いて、マハレのチンパンジーに見られる行動の目録を完成させた。最近になって観察されるようになった新奇行動についても整理し、これに収録した。・キーワード
文化的行動、学習、発達、新奇行動、流行、行動目録、遊び
座馬耕一郎
チンパンジーが枝を複雑に組み合わせて樹上に作成するベッドの構造を母子間で比較し、この行動の発達について考察した。また、チンパンジーの多様な行動レパートリーが整理された行動目録を作成するため、過年度に撮影したビデオを編集した。・キーワード
ベッド作成行動、母子間比較、発達、映像エソグラム
島田将喜
野生チンパンジーにおける「物を伴った社会的遊び(SOP)」の発達と集団内伝播過程に関するデータを収集した。また遊びに伴われた物体の「価値」についてのデータ収集も行った。インタラクションの記録(ビデオ)を現在分析中である。・キーワード
社会的遊び、物を伴った社会的遊び
井上英治
父系の血縁関係を明らかにするために、過去に集められた試料も含めて、父子判定を行なった。その結果、集団サイズが大きいときは、第1位オスの繁殖成功割合が減少することが明らかになった。・キーワード
父子関係、DNA解析、オスの繁殖成功
稲葉あぐみ
M集団におけるα雄の交代についてPan Africa Newsに報告した。また、オトナ雄の社会関係について、過年度に収集したビデオ資料を分析中である。映像エソグラムを完成するため、過去に収集されたビデオ資料を編集した。・キーワード
α雄、オトナ雄の社会関係、映像エソグラム
平成20年度研究概要
西田利貞
1999年〜2007年に撮影したビデオテープから行動観察を抽出し、詳細な行動パターンごとに個体、性、年齢、頻度、行動の文脈などをまとめた。その成果の一部として、文化の流行と衰退についての全般的な報告が Nishida et al. 2009 として、口や手を木の枝や葉にこすりつける行動の流行が Corp et al. 2009 として最近出版された。また、ピルエットという運動・回転性の遊びの発達について論文をまとめ、Nishida & Inaba として投稿中である。・キーワード
文化的行動、流行、社会的学習、ビデオ・エソグラム
中村美知夫
M集団とY集団のフィールド調査を継続した。M集団では、子持ちのメスを追跡し、子どもの文化的行動の発達を継続して記録するとともに、メス間の社会関係に注目してデータを収集した。今年度報告した道具を使った狩猟行動が今回も観察され(ただし捕獲には失敗)、単発的な行動ではない可能性が示唆された。また、肉分配においてアルファオスの母親が肉を保持して他のメスやコドモに分配するケースが観察された。Y集団については、今回は観察頻度が低かったが、子持ちのメスを1時間連続で追跡できた。・キーワード
集団間比較、社会行動、道具、狩猟
松阪崇久
M集団の主に未成熟個体を対象として、文化的行動の発達とその伝播に関するフィールド調査をおこなった。新奇行動としてすでに確認されている行動のいくつかは今回の調査では観察されず、一時的な流行として消失した可能性も出てきた。他に、新奇行動を含む映像エソグラムの作成作業をおこなった。また、チンパンジーをはじめとする動物の遊びにおける表情・音声の研究をレビューし、笑いの起源と進化について考察する論文を発表した。・キーワード
文化、学習、発達、流行、遊び
座馬耕一郎
M集団の既知行動および新奇行動を観察、記録した。既知行動の映像記録をもとに、これまでマハレ集団で知られている行動目録を作成した。新奇行動を観察した場合は、その個体名と行動が起きた文脈を記録した。行動が母子間でどのように伝承されるか調べるために、ベッドの構造の母子間比較をおこない, 現在解析中である。・キーワード
新奇行動、既知行動、行動目録、母子間比較
島田将喜
野生チンパンジーにおける「物を伴った社会的遊び(SOP)」の発達と集団内伝播過程に関する予備調査を行った。チンパンジーのSOPはニホンザルとは異なり、物を一人遊びに利用することが多く、SOPは少ないことがわかった。また、伴われる物体の「価値」が、コドモのSOPの持続時間等に影響を与えている可能性が示唆された。・キーワード
社会的遊び、物を伴った社会的遊び
井上英治
ミトコンドリアDNAの分析により、近隣のウガラ、カロブアなどの西タンザニア地域との遺伝的分化の程度が小さいことが示され、これらの地域間での行動の差異は文化的である可能性が高いと考えられる。・キーワード
DNA解析、遺伝的分化
平成19年度研究概要
西田利貞
過年度に集めた資料から、新奇行動を考えられる行動をリストアップし、40年にわたる研究史の中で、新奇行動を示す個体の増減や行動の変異の分析を始めた。この結果は、来年度に国際誌の特集号に発表の予定である。DNA父子判定資料の収集法やメスのチンパンジーに更年期が存在しないことなどを国際誌に発表した。野外調査で得られたチンパンジーの老齢オスの政治的行動について分析し、その結果の一部はNHKのテレビ番組で報道された。チンパンジーの投擲行動の性差、年齢差、行動パターンについて人類学会で発表した。・キーワード
文化的行動、流行、社会的学習、新奇行動(イノベーション)
中村美知夫
M集団とY集団のフィールド調査を継続するとともに, 対角毛づくろいの発達について 10年ほどのデータの分析を進めた。より複雑な認知能力を必要とすると考えられる道具使用よりも対角毛づくろいのほうが遅い年齢で出現することが明らかになってきている。また, M集団によるキイロヒヒの狩猟を再び観察した。これは, 1997年に初めて観察された行動であり, いまだに頻度は低いが新奇な行動が定着してきている例と考えられるかもしれない。・キーワード
文化, 毛づくろい, キイロヒヒ狩猟
松阪崇久
2000年に撮影されたチンパンジーとヤマアラシの遭遇場面のビデオを分析し, 新奇な対象への探索的行動についての論文を執筆した。また, 新奇行動の伝播および定着状況について調べるため, 年度の後半よりマハレM集団を対象とする野外調査をおこなった。主に未成熟個体を対象として, 文化的行動やその伝播に関わると考えられる社会交渉の観察をおこなった。新奇行動としてすでに報告されている葉などの物を用いて水を飲む行動は, 今回の調査では観察例がなかった。・キーワード
チンパンジー, 文化, 学習, 流行, 覗き込み行動
松本晶子
求愛,またそれに関わる誇示のひとつとして,メスの性皮腫脹があげられる。本年度は,メスが性皮腫脹をどのように効果的に利用してオスを競わせ,繁殖成功度を高めているかを,出産データとあわせて分析した。メスが単独で性皮腫脹を示した年は,オス間の配偶者競争が高くなるのが出産率は高くなると予測されたが,実際には,マハレでは逆の結果になった.そこで,モデルを作成して検討したところ,育児期間が長い種ではオスの配偶者防衛がメスにとって有利になりやすいことが示唆された。・キーワード
性皮腫脹,発情非同期,メスの繁殖成功度,オスの配偶者防衛
座馬耕一郎
チンパンジーは睡眠用に樹上にベッドを作成するが, その高さに性差があることが知られている。これまでこの説明として, オスはメスよりも重い体重を支えるため, より強度の高い枝のある木の低位置にベッドを作成するという仮説が立てられていた。本研究で発達過程にあるコドモ−ワカモノ期の個体についても資料収集した結果, 体重仮説が成立しなかったことから, オスは発情メスを見張るため, 低い位置に作っていると考えられた。伊藤詞子
さまざまな年齢の子供を持つ母子ペアを対象に, オトナ-コドモ間の相互行為について予備調査をおこなった。チンパンジーの食物メニューには地域差があることが知られているが, コドモはオトナが口にしない食物も口にする。こうしたコドモの採食行動に対して, 母親を含め周囲のオトナがどのように対応するのか, 今後分析し, 食物メニューがどのように保存されていくのかを検討する。・キーワード
オトナ-コドモ間相互行為
井上英治
DNAを用いた父子判定の結果, 第1位雄が45.5%(5/11)の子供の父親であることがわかった。また, 父系社会であるチンパンジー集団の歴史を検討するために, 父系遺伝するY染色体の多型を調査した。M集団に属する16頭の雄から4つのハプロタイプを検出した。北の隣接集団から採取し, DNA解析により雄と判明した5試料すべてから, M集団で69%を占めるタイプを検出した。これは, 2集団の雄が同祖的であることを示唆している。・キーワード
DNA解析, Y染色体, 集団の歴史, 父子判定, 第1位雄の繁殖成功
清野未恵子
ボッソウ・カリンズ・マハレの3地域には枯れ枝に巣を作る性質をもつアリが存在するが, 枯れ枝内のアリを採食する行動はマハレでしか観察されていない。そこで、この採食行動が生じる状況を調査した。ある個体が採食後, 放置した枯れ枝(あるいは枯れ枝場)を, 直後に他の個体が利用する, 特定の枯れ枝の時間差利用が行われていた。関与する個体の関係は親子間だけでなく, オトナ同士, コドモ同士でも行われていた。また, オトナメスが濡れた毛を使ってシロアリの有翅虫を食べる行動もMグループで初めて観察された。・キーワード
枯れ枝割り行動, 濡れ毛利用