夕闇に舞うインスワたちの下で

花村俊吉

 4月のある日のマハレの森の中。雨季の美しい夕日が西の空を朱色に染め、対岸遠くにうっすらと蒼いコンゴの大地を抱くタンガニーカ湖にその色を落とす頃。Mグループのチンパンジーのメスたちが藪の中を静かに、しかし足早に移動しています。彼女たちを追って辿り着いた先には、子供が創り上げた砂の塔のような、しかしその背丈は私の腰よりも高い自然の造形物が現れました。土で築かれたムチュワ(シロアリ)の塚です。チンパンジーたちはその塚の周りに群がり、手を使って崩しにかかります。立ち上がって両手で塚を引き倒そうとしているメスもいます。そのうち塚も少しずつ崩され、出てきました、ムチュワです。しかし、アコというメスが自分のアカンボウを背に乗せムチュワには目もくれず足早に去り、娘のアカディアがはじかれるように彼女を追って去っていくと、残るメスたちもいっせいにその後を追います。私も慌てて続きます。彼女たちを追って辿り着いた先には、またしてもムチュワの塚が現れました。


走るように移動するアコ(中央奥)と そのアカンボウ(中央手前)、娘のアカディア(右)。


 こういったことが何度続いたでしょうか。次第にアコの周りにいたチンパンジーたちがいなくなり、西の空はすっかりその色彩を失い、群青色の空に灰色の雲が流れているのがかろうじて見えるのみです。これまで崩してきた塚からはたくさんのムチュワが出てきていましたが、すぐに立ち去ってしまいます。彼女は一体なにを求めているのでしょう。普段ならもうベッドを作るために樹の枝を折り曲げるポキポキという音が聞こえてきてもおかしくない時間です。そう思ったとき、相変わらず塚を崩し続けているアコの、周囲の闇に溶け込んでいきそうだったまさにその塚が、夕暮れに燈る灯火のように白く変色していきます。隣の塚もそのまた隣の塚も、みるみるうちに白くなっていきます。そうです、4月から5月にかけての夕暮れ時は、インスワ(ムチュワの生殖型である翅アリ)がその白い翅を広げて塚から飛び立つ時期だったのです。次から次へとインスワが空に舞い上がっていくなか、アコはそのインスワをむさぼるように食べます。彼女が探していたのはこのインスワだったのでした。

 Mグループのチンパンジーがこんなにムチュワの塚に執着する場面は、4、5月以外では見られません(塚の土を食べることはあります)。チンパンジーたちは、インスワがいっせいに飛び立つ時期と時間帯を知っており、成長したインスワが塚の表面近くに登ってきている食べ頃の塚を探していたのではないでしょうか。そして、皆の先導を務めているかのように見えたアコは、他のメスたちよりもその辺りのムチュワの塚の場所や分布に詳しいのかもしれません。



(はなむら しゅんきち 京都大学)




第9号目次に戻る次の記事へ