チンパンジーの食卓事情

伊藤詞子

 チンパンジーの食事はフルーツが主です。季節ごとに色とりどりのフルーツが、豊かな森から提供されます。スーパーで売っているようなフルーツほど甘くはないし、種と果肉の部分が簡単にはがれたりもしません。それでも、他の食物に比べれば「甘い」食べ物です。マハレのチンパンジーが食べるフルーツの種類はたくさんありますが、それぞれ実りの季節があります。植物種ごとに見れば、半年近く実がなっているものから、ほんの数ヶ月だけのものなど、様々なフルーツが、少しずつ時期をずらしながら実るため、チンパンジーは年中フルーツを食べることができます。スーパーには熟したフルーツだけが売られていますが、森の中では熟したものから未熟なものまでいろんな段階のフルーツが実っています。もちろん甘いのは熟したフルーツで、チンパンジーは熟したものを丹念に選んで食べます。フルーツの皮は手や口をつかって器用に取り除かれます(写真1)。おいしい部分である果肉は、種からはがれにくいため、あとで吐き出されることもありますが、種ごと呑みこまれる場合も多いようです。こうして噛み砕かれずに丸呑みされた種が、やがてうんちとともに地面に落とされ、芽を出し、成長してまたチンパンジーたちにフルーツを提供してくれることになります。植物にとってもチンパンジーにとっても、いいことずくめです。一方で、雨が少なかったり、逆に多すぎたり、といった気候不順な年などには、植物の方もあまりフルーツを作れません。その上、フルーツが少ないとチンパンジーは種までぽりぽりと噛み砕いて食べてしまいます。破壊されてしまうと発芽できなくなるので、こんなときは植物にとってもチンパンジーにとっても少々つらい時期というわけです。


写真1:レモンの食事あと。人の仕業ではありません。チンパンジーの食事のあとです。



写真2:イロンボ Saba comorensis (Bojer) Pichonの果実。


 食事といえば、わたしたちは誰か他の人と、ということが多いのではないでしょうか。一人暮らしだと、一人で食べることもありますが、それでも誰かと食べる機会がまったくなくなるというわけではないでしょう。チンパンジーたちの食事も、一人きりというわけではなく、いろんなメンバーといろんな形でおこなわれます。マハレのチンパンジーが最もよく食べるフルーツの一つに、現地名でイロンボと呼ばれるキョウチクトウ科のツル植物があります(写真2)。この植物はMグループが暮らす森で最も密度が高く、1ヘクタールあたり約43本もあります。よく食べられる理由としては、広い範囲にたくさんあるということや、ソフトボールくらいの大きさという比較的食べ応えのあるサイズであることなども関係していると思われます。同時に、何十頭ものチンパンジーたちが皆で食べながら移動するのにちょうどよい、ということも関係しているのではないかと私は疑っています。というのも、イロンボのシーズンが終わると、チンパンジーたちはもっと少人数で活動するようになります。イロンボはあちこちにあるので、このフルーツのシーズンに皆で活動する必要はないわけですから、きっと彼らなりのわけがあると思うのです。

(いとう のりこ 京都大学)




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