気がつけばヤツがいる−カンシアナの恐怖−

中村美知夫

 私は忘れていた。乾季のカンシアナ・キャンプにはヤツが出るということを…。

 ヤツは気づかぬ間に人の体内に侵入し、生き血をすする。そして、あろうことか、いつのまにか卵を産み付けて増殖するのだ。卵がハッチする前になんとかヤツを取り除かなければ…。しかし除去しても除去してもヤツらは繰り返し繰り返し体内に侵入してくる。なんてことだ…。いったいヤツら何匹いやがるんだ。    

 最初は足の指先にわずかな痒みを感じるだけである。いや、まだ痒みとも呼べないくらいのかすかな違和感とでも言えばいいだろうか。硬い体を曲げて足を間近でチェックする。痒みの中心に赤黒い小さな点が見える。間違いない、ヤツだ。    

 緊急オペが必要なようだ。ヤツを倒すのに必要な武器は安全ピンかピンセットである。卵塊を壊さないよう少し余分に周りの皮膚から切開する。慎重に。さもないと自分自身を傷つけてしまう。少し皮膚をめくるとヤツの体がむき出しになる。ヤツの体はゴマ粒よりも小さく、紡錘形で、しかも表面がつるつるすべる。熟練者でないかぎりなかなか一発で捉えることはできない。

 うまいことヤツを捕獲してもまだ油断するのは早い。ヤツは驚異的なジャンプ力を持っているから、目を離すとすぐに逃げられてしまう。即座に硬い物の上で爪を使って押し潰すのだ。指の腹側では潰せない。なにしろヤツの体はすごく頑丈なのだ。

 ヤツの襲撃を受けているのは我々人類だけではない。チンパンジーたちもまたヤツに寄生され、苦しめられている。チンパンジーたちは安全ピンやピンセットといった武器を持っていないから、歯を立てて指先に穴を開け、チュウチュウとヤツを吸い出そうとしている。うまく除去できているのかどうかは分からない。なにしろヤツはすごく小さいのだ。

 そんなヤツらにも弱点はある。雨だ。雨季が始まり、毎日のように雨が降り出すとヤツらはどこかへ消えてしまう。助かった。ようやくカンシアナに平和が取り戻されたのだ。しかしこの平和は束の間のものでしかないことを忘れてはいけない。来年の乾季にはきっとまたヤツは襲ってくる。人類とチン類はいつまでヤツと戦い続けねばならないのだろうか。

※注:恐怖の寄生生物「ヤツ」とは、スナノミ(英名:sand flea、スワヒリ名:funza)のことである。ちなみに、キャンプでも常時靴を履いていればヤツには襲われない(水虫に襲われそうではあるが)。



写真1: XM(左)からヤツを除去するXT(右)。XTはXMの母親である。




写真2: HN(左)からヤツを除去するHK(右)。HKはHNの母親ではない。


(なかむら みちお、京都大学大学院理学研究科)




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