Mグループの隣接集団の調査、事始め


坂巻哲也

 昨年は新しい研究目標を掲げて、5年振りとなるマハレへチンパンジーの調査に行ってきました。次なる調査は、継続調査されているMグループの隣接集団を手がけたいと、以前から心に期していたわけです。今日は、隣接集団への想いをつのらせるきっかけとなった経験の一つを紹介したいと思います。

 僕が初めてマハレを訪れたのは、1997年、大学院の修士課程の時でした。当時、京都大学におられた西田先生のもとで、チンパンジー研究を始めたわけです。研究の世界でもビギナーズ・ラックというのはあるもので、調査に入ってすぐ、初記録となる行動を観察したのです。まだ個体識別もままならず、どうチンパンジーを追跡観察すればよいか試行錯誤していたのですが、そんなとき、あんまりギャーギャーと騒がしいオスたちから離れ、何とはなしにチンパンジーたちを先回りするつもりで川の縁を歩いてました。しばらくすると、若いメスのチンパンジーが現われました。一人で周囲をちらちらうかがってから、ゆっくりと川の中に入っていくのです。チンパンジーは水に浸かるのが嫌いだと聞いていたので、これは珍しいと思い、持っていたビデオカメラを回しました。彼女は膝下まで水に浸かり、手の平で水中に繁茂していた藻を掬い採り、口に運んで食べたのです。その晩キャンプに戻って西田先生にビデオを見てもらい、それが初記録の行動だと判明しました。さらに興味深いことには、この若いメスは他の群れから移入したての個体だったのです。その後はというと、雨季に入って川の水量が増えて水藻は流れてしまい、翌年以降もこの行動は観察されていません。この若いメスはサリーという名で、今もM集団で元気に子育てをしています。果たして、彼女の育った土地には、水藻の繁茂できるような川が多く、その土地のチンパンジーはしばしば川に入って水藻を掬って食べているのでしょうか。

 今回の調査で、隣接集団の遊動域を、何か所かテントを担いで回ってきました。マハレ山塊の急峻な斜面には深くえぐられた谷筋が多いのですが、乾季なら水藻の繁茂できそうな場所はありました。ヒトに慣れていないチンパンジーを直接観察するのは難しいのですが、いまだ知らない土地のチンパンジーの生活を想像するのは楽しいことです。今年も新発見を目指して、チンパンジーを追いかけてきたいと思います。

(さかまき てつや、京都大学大学院理学研究科)




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