マハレのサルたち

五百部 裕

第5回 キイロヒヒ


キイロヒヒ
(撮影:西江仁徳)

 キイロヒヒ(学名はPapio cynocephalus)と呼ばれるサルは、これまで紹介してきたアカオザルなどと同様、オナガザル科オナガザル亜科に属しています。しかし同じオナガザル亜科の中でも、アカオザルやアオザルといったグエノンと総称されるグループのサルが樹上性が強いという特徴を持つのに対して、キイロヒヒに代表されるヒヒの仲間は地上性が強いという特徴を持っています。狭義のヒヒの仲間は、キイロヒヒ、ギニアヒヒ、アヌビスヒヒ、チャクマヒヒ、マントヒヒの5種いると考えられています。この5種を合わせた分布域はたいへん広いもので、サハラ砂漠以南の比較的乾燥した地域のほとんどをカバーするほどです。そしてこれら5種に、エチオピアの高地に生息するゲラダヒヒ、カメルーンを中心とした熱帯林に生息するマンドリルとドリルの3種を加えて、広義のヒヒと呼ぶこともあります。またマハレにはキイロヒヒが生息していますが、マハレと同じタンガニーカ湖畔にあるゴンベ国立公園には、アヌビスヒヒが生息しています。この2種のヒヒの分布の境界は、キゴマ南方のマラガラシ川であると考えられています。

 ヒヒの仲間はオナガザル亜科の中では最も大きなサルのグループです。その中にあってキイロヒヒは比較的小さく、おとな雄の体重は25 kg程度、おとな雌では15 kg程度です。ヒヒの仲間は口吻の突き出しが目立ち、犬のような顔立ちをしています。またキイロヒヒという名前が示す通り、全身黄色がかった毛に覆われています(写真)。彼らは複数の雌雄からなる母系の複雄複雌群を形成します。群れの大きさは、地域によって大きく違いますが、マハレでは40〜50頭程度のようです。果実や種子、花、葉、昆虫などいろいろな種類のものを食べる雑食性のサルです。

 マハレのチンパンジーは、いろいろな種類の哺乳類を肉食することが知られています。その中にあって、最近まではキイロヒヒを食べるという証拠は見つかっていませんでした。しかし、1997年にチンパンジーによるキイロヒヒの肉食がはじめて報告され、2000年以降キイロヒヒの肉食の頻度は増加傾向にあるようです。マハレにおけるヒヒの分布は、以前は湖岸沿いの比較的乾燥した場所に限られていました。ところがここ10年ほどの間に、彼らは分布域を内陸にどんどん広げています。それにともないチンパンジーと出会う頻度が増えてきています。こうした分布域の変化が、チンパンジーによる肉食を増やす一因になっているのかも知れません。さらに最近では、カンシアナのキャンプにもたびたび現れるようになり、私たち人間の食料を失敬する個体も現れる始末です。いわば「猿害」の発生とも言えます。なぜキイロヒヒが、分布域を大幅に拡大させているのか? これも今後解明しなければならない課題の一つです。

(いほべ ひろし・椙山女学園大学・人間関係)


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