変わるもの、変わらないもの  保坂和彦

 今年は4年半ぶりのマハレ入りとなりました。これだけ間隔が空くと、当然、人間の世界もチンパンジーの世界もいろいろ変わっています。しかし、逆にあまり変わらないものが浮き彫りになるともいえます。今回も個体追跡したカルンデやマスディを観察していて、つくづくそう感じました。

 カルンデとマスディが両方とも元気に生き残っているというのは、私にとっては感無量でした。前回の調査のとき、すでにすっかり年寄り臭さが増したカルンデの風貌に、「次にマハレにくるときには彼には会えまい」と観念したものです。ところがどっこい、驚くほど元気。再会の瞬間を楽しませてくれることなく、右へ左へと藪の中を駆け回り、私をくたくたにさせてくれました。

 マスディは、「きっと次回も変わらない姿を見せてくれるだろう」と期待していたのですが、全くその通りでした。チンパンジーの声を待つために高台に登ったところ、すでにマスディが一人で座って耳を澄ませていたり…。彼を追跡個体にしてよかったと思うことしばしばです。

 彼らと最初に出会ったのは、1991年8月。当時のカルンデは、ントロギの長期政権を初めて揺るがすクーデターを成功させたばかりで、政治家人生の山場でした。一方のマスディは、野心のかけらもない正反対の人生を歩んでいました。こんな好対照な二人が14年たった今も、最初の印象を保ったまま生き続けていることに私は素直に驚嘆しています。

 もちろん彼らも年をとりましたし、周囲の社会的状況も大きく変わりました。前回の調査ではファナナ(当時一位)の同盟者だったカルンデは今、アロフの同盟者。政治的影響力は抜群ですが、寄る年波には勝てず、走り回った後にゴロンと横になる姿をよく見ました。マスディは、前一位のファナナとはいまだに親密。アロフ(現一位)やボノボ(現二位)からも頼りにされていて、敵のいない人生を謳歌しています。昔はさんざんコケにされたカルンデはいつのまにか劣位。ちょっと威嚇のディスプレイでいじめて悲鳴を上げさせるという「いたずら心」も発揮し、彼らしいという気がしました。マスディに他意がないためか、カルンデはさほど気にしていません。常に敵を設定しながらしぶとく生き延びてきたカルンデもたいしたものですが、マスディのような生き方もなかなかと思いませんか?


写真1: 老獪な雄カルンデの真剣な瞳

写真2: 食べたから寝る、という風情のマスディ

(ほさか かずひこ、鎌倉女子大学)




第6号目次に戻る次の記事へ