チンパンジーの出会いの挨拶:
  パントグラントを受ける晴れ舞台

坂巻哲也

群れ生活を送るチンパンジーは、すべての個体がいつも一緒にいるわけではなく、一時的な小集団を作って離散したり出会ったりしながら、広い森の中を遊動しています。離れていた個体どうしが出会うと、かれらは興奮して独特な挨拶を行ないます。お辞儀をして握手をしたり、抱き合ってキスする様子などは、私たちの挨拶とよく似ています。

 私はマハレの山で、このような挨拶行動を調べています。チンパンジーの挨拶を見るには、かれらどうしが出会う場面に出会わなければなりません。そのためには、出会う前の素早い移動についていき、できたら先回りする必要があります。これがなかなか大変で、ひどいヤブと格闘しているその先から、出会ったかれらの大声が聞こえてくるという口惜しい思いを何度も繰り返しています。もっともっと、かれらと同じように山を歩けるようになりたいと思う瞬間です。

 チンパンジーの挨拶には、パントグラントと呼ばれる特有な発声があります。パントグラントは、必ず自分より優位な個体に向けて発するので、個体間の優劣関係を知るよい指標となります。メスやワカモノ、コドモにとって、オトナオスは自分より優位であり、パントグラントを発する対象です。それでは、メスが複数のオトナオスと出会うとき、メスはどうするのでしょうか。調べてみると、メスは自分より優位なすべてのオスにパントグラントするのではなく、アルファオスがいるときには、アルファオスにだけパントグラントするということが多いのです。また、すでにアルファオスと一緒にいるメスは、他のオトナオスと出会っても、そのオスにはめったにパントグラントをしません。パントグラントを受けることは、オスにとって一つのステイタスなのかも知れません。

 出会いの場面では、パントグラントと同時に、自分の強さを誇示するディスプレイもよく起こり、その場はたいてい興奮のるつぼと化します。そんな興奮に巻き込まれながら、強いオスがパントグラントを受ける晴れ舞台を周りにいるチンパンジーたちと一緒に見ていると、何か一つの原風景を垣間見たような不思議な気分になってきます。


オスに挨拶するオトナメス

(さかまき てつや、京都大学大学院理学研究科)




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