マハレからのたより

西江仁徳


――遠くに聞こえていた雷鳴の轟きが、みるみるうちに頭上に近づいてくる。雷を乗せた黒雲が空を覆いつくし、さっきまで焼けつくような陽射しを降り注いでいた太陽は見る影もなく、森はおのずから夕闇のように暗転する。やがて、雷鳴の下を滑るように、森の上を覆い包むように、雨音が足早にやってくる。雨は勢いを増し、地上のものをすべて洗い流すがごとく、激しく木の葉や地面を叩く。鳥や獣、虫たちは息を潜め、雨の底にじっとうずくまる――

 マハレでは11月頃から5月頃までが雨季にあたり、毎日のように雨が降ります。日本の梅雨のように一日中降り続くような雨はそれほど多くありませんが、熱帯気候特有の集中豪雨はたびたびあります。
 雨が近づいてくると、私はいつも《怖さ》と言い知れぬ《不安》を感じます。空が割れんばかりの雷の轟音、激しく叩きつける大粒の雨、たとえ傘をさしていても、屋根のあるキャンプの小屋にいるときでさえ、言いようのない不安感を覚えます。暗い森の中で傘をさしてうずくまっていると、このまま自分は雨に流されてしまうのではないかと思うくらい、猛烈な勢いで《空から水が流れて》きます。森を横切るいくつもの谷川はこの流れを集め、普段は涼しげに流れている川があっという間に濁流になっていきます。
 チンパンジーたちは、雨が降り出すと茂みの中にごそごそと入っていったり鬱蒼と茂った樹冠にもぐりこんだりして、少しでも雨に濡れないようにしているようには見えますが、激しい雨になれば傘をさしていてもずぶ濡れになるほどですから、チンパンジーたちも例外なく皆ずぶ濡れになってしまいます。雨が止むと、なんとなくほっとしたような雰囲気で、周りのチンパンジーたちと互いの濡れた身体を毛づくろいしあいます。
 オスのチンパンジーは、雨が降り出すと激しく突撃ディスプレーをしはじめます。枝を引きずったり地面や板根を叩いたりして、普段よりも長時間にわたって激しく暴れまわります。
 雨の中、ずぶ濡れになりながら暴れまわるオスたち、じっとうずくまって濡れそぼっているメスたち、チンパンジーたちにはこの雨がどんなふうに見えているのでしょうか。そして我々の遠い祖先は、どんな想いでこの雨を眺めていたのでしょうか・・・。

(にしえ ひとなる、京都大学・理)



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