チンパンジーの遺伝学的研究

井上英治


 私は、2003年の8月から11月にかけて、はじめて調査に行ってきました。調査の目的は、マハレのチンパンジーのDNA分析を行なうことです。今回は、そのためのサンプルを採取してきました。DNAのサンプルとして、飼育されている動物からは血液を採りますが、野生のチンパンジーを捕まえるわけにはいかないので、フンや尿や毛を用います。フンなどは、血液に比べるとDNAを抽出しにくいのですが、実験を数多く行なえば結果が得られることがわかっています。よく犯罪捜査などで、犯人のDNAを調べるという話がありますが、血や毛などが残っていれば、DNAを調べることは可能なのです。
母親の乳首をくわえている子供  チンパンジーのDNAサンプルを集める上で最も注意しなければならないのは、自分のDNAが入らないようにすることです。チンパンジーと人のDNAは、とても類似しているので、人のDNAが混ざるとその後の分析がうまくできなくなってしまいます。素手で触ったり、唾を飛ばしたりするだけで、DNAが混ざってしまう可能性があるので注意しなければなりません。そのため、マスクや手袋をつけるなどして、サンプルを採取してきました。
 今回集めたサンプルを使って、明らかにすることの1つは、父親を決定することです。チンパンジーのメスは、様々なオスと交尾するので、観察しているだけでは、父親を特定できません。そこで、DNAを用いて明らかにします。DNAの中には、人によって大きく異なる領域が存在します。そのような領域をいくつか調べると、個人識別ができます。子供の遺伝子は、父親と母親の遺伝子を半分ずつ受け継いでいるので、子供の母親がわかっていれば、個人識別された遺伝子を比べると父親を決定できるのです。今後は、父子判定を含め、様々な遺伝的解析を行なう予定です。

(いのうえ えいじ・京都大学・理)

写真:母親の乳首をくわえている子供 「僕のお父さんは誰?」



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