マハレのチンプ(ん?)紹介
第2回 リモンゴ

紹介者 上原重男

リモンゴ  今回は、『カソゲ珍聞』No. 5(1985年12月25日号)に掲載された記事の続報で、成長してからのまともな顔写真がこれ1枚しかない雄のチンパンジーである。 マハレの研究史に興味をおもちの読者なら、調査開始(1965年)以来のおもな観察対象だったK集団が、その後消滅したことをご存知だろう。おとな雄が次々といなくなり(ほかのチンパンジーに消された?)、残された雌たちの大部分は南隣りのM集団に移籍してしまった。1982年までに起こったことである。 ところがどっこい、K集団のY染色体は消滅しなかった。1972年生まれのリモンゴと、1977年生まれのマスディの2頭の未成熟雄がまだ残っていた。マスディはこども時代に母親と一緒にM集団にうまく受け入れられ、1980年代の後半には誰から見てもM集団の雄、という雰囲気になっていた。しかしリモンゴはずっとK集団の旧行動域内に留まり、K集団のもとの構成員のごく一部とだけひっそりとつき合っていたらしい。大きくなった雄は、他集団に受け入れられることはないようだ。また、集団再出発の核になることもできないと思われる。おとな雄が少ないと、新しい雌が転入して来ない。 1992年の6月のある夕方に、イチジクの木でマスディと一緒に採食中のリモンゴを見つけ、この写真をとった。帰国後研究仲間に回覧して、1983年から10年間のリモンゴの観察記録を調べたら、全部で17例が確認された。美男子(?)とはいえない容貌だが、特徴のある面相のおかげで、集団崩壊後にひとりとり残された雄の生活の一端を復元できた。こんな孤独な生活は、私だったら耐えられない。 1993年以降、残念ながらリモンゴの観察例ははっきりしない。なお現在でも、K集団のY染色体は少なくともマスディの体を借りて存在しつづけている。いつか彼も紹介されなければなるまい。



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