お母さんはどこ?―迷子になったチンパンジーの話―

松阪崇久


泣き叫ぶリズ  その日僕は、朝からリズ(4歳メス)を観察していました。ひとしきり果実を食べたあと、母親らと次の採食場へと歩いていた時のことです。他の子供と遊びながら歩いていたリズが、突然、あたりを見まわしながら、不安そうな「フ、フ、フ・・・」という小さい声をあげ始めました。近くに母親の姿が見あたりません。リズは近くの木に駆け登ってきょろきょろし、また別の木に移ってはきょろきょろしました。気づかないうちに母親はどこか遠くへ行ってしまったのでしょうか?不安そうな声はだんだん大きくなり、とうとう「ギャーーー!!ギャーーー!!」と泣き叫びはじめました。しかし、母親はあらわれません。リズは一人さまよいながら、10分も叫び続けました。――と、50メートルほど離れた所で数名のチンパンジーの声がして、リズは叫びながらそちらへ走りだしました。そこには母親がいて、リズはようやく泣きやみました。
 マハレのM群のチンパンジーは全部で56頭ですが、メンバー全員がいつも一緒にいるわけではありません。群れのメンバーは森の中でばらけて遊動しています。一頭のチンパンジーから見える範囲内には普通10頭前後のチンパンジーがいますが、1、2頭だけになることもあります。一頭のチンパンジーを追跡してみると、次々にいろんな顔ぶれと出会い、また別れていくのが観察できます。
 そんな流動的な集団にあっても、小さい赤ん坊は常に母親と一緒にいます。年齢があがるにつれて子供は少しずつ母親と離れるようになりますが、はぐれないように母親の動きには注意しています。個体差がありますが、5歳くらいになると母親と別々に遊動することもできるようになります。
 さて、自分の子供が迷子になって泣き叫んでいるのを聞いた時、母親はどんな反応をするのでしょうか?また、子供は母親の声を他人の声と聞き分けることができるのでしょうか?現在、僕はこんな疑問に取り組んでいます。

(まつさか たかひさ・京都大学・理・博士課程)

写真:木に登ってあたりを見まわしながら泣き叫ぶリズ



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