マハレからのたより

チンパンジーのベッドで昼寝

座馬耕一郎


 「今までで、いちばん寝心地のよかったベッドは?」と尋ねられることがあったら、僕は「チンパンジーのベッド」と答えるでしょう。
 僕は今、マハレでチンパンジーの調査中です。チンパンジーの毛づくろいに、シラミなどの外部寄生虫がどのように関わっているか興味があり、調べているのです。しかし、シラミはその生涯をチンパンジーの体の上でおくる小さな昆虫なので、チンパンジーの追跡調査だけではよく分かりません。そこで、京都大学の山越言先生のアドバイスを受け、「チンパンジーのベッドにのぼり、残された抜け毛を集め、毛についていたシラミの卵の数を数える方法」をとることにしました。シラミは卵を動物の毛に産みつけます。毛の本数あたりの卵の数を調べれば、寄生率の目安になるだろうという魂胆です。
 こうしてベッド探索がはじまりました。チンパンジーは木の上にベッドを作ります。高さは、5、6mから20mくらい。大きさは50cmから1mのまるい形。葉の繁った枝をいくつも折り重ねて作ります。ベッドは使い捨て。毎晩、新品を作ります。ベッド作りしているチンパンジーを観察すると、作り終えて寝たのかと思ったら、ごそごそ起きだし、小さな枝を折り敷き、細かな調整をするのがみられます。なかなかベッドにはうるさいようです。
 そんなベッドで抜け毛を集めているのですが、のぼってみると意外な発見があります。藪が濃くチンパンジーをよく見失ってしまうところでも、木の上のベッドにのぼってみれば、間近に迫るマハレ山塊や霞がかったタンガニイカ湖、その間を埋めつくし広がるカソゲの森、そんな景色が目の前に開けます。チンパンジーはこんな風景を生活しているのかと感じました。ときどき研究を忘れ、チンパンジーのベッドで昼寝をすることがあります。ベッドの中ほどのくぼみは体をやさしく包み込んでくれ、やすらかに守られている気持ちになります。青空に星空を想像し、チンパンジーは星を見るだろうかとふと考えました。心地よい風や音にも包まれ、揺られ、そしていつのまにか眠ってしまっている。そんな、チンパンジーのベッドの話でした。

(ざんま こういちろう・京都大学・霊長類研究所)



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