マハレでの出会い

郡山尚紀

 

マハレの森のなかで、Ulfstrand博士(右)と著者(左)



 ヒトは思わぬところで思わぬヒトと出会う事があります。私は海外に出る事が多いのですが、その度に色々な出会いがありました。どんなすばらしい景色も、最高の出会いにはかなわないと私は思っております。今回の調査の中でもたくさんのヒトたちと出会い、色々なヒトと一緒に仕事をし、たくさんの思い出ができました。

 その日は私がマハレ入りして一ヶ月程が過ぎた2007年7月下旬の大変天気のよい日でした。現地での生活にも慣れ、観光客の物珍しそうに私たちを見る目にもなれてきた頃でした。森の中でチンパンジーの声聞きをしていると、観光客の大集団ががやがやと我々に近づいてきました。その中の一人が私を見つけるとすぐにこちらへ近づいてきました。髪の毛は真っ白、程よく蓄えられたあごひげも真っ白でした。風格からして少し他の人とは違うなという印象を受けました。彼は「あなたは日本人の研究者ですか?西田先生はどちらにおられますか?」と私に尋ねました。始めこの老人はマハレの事を本かなにかで下調べをしてきた人だなと思いました。私が「はい、日本人研究者です、残念ながら西田先生は来月見えます。」と返事をすると、この紳士は自分とマハレについて話し始めました。実はこの紳士は西田先生がマハレに入る1965年より前の1958年にマハレを訪れた研究者で、その時はチンパンジーに出会う事なくマハレを離れたのでした。彼は、マハレではチンパンジーが人間を恐れず、ありのままの姿を見せてくれている事に痛く感動していました。私も少しの時間彼らの集団と一緒に回りましたが、彼は手足についた枝の切り傷などおかまいなしに側を通るチンパンジーに何枚もカメラのシャッターを切り、彼の興奮は容易に私に伝わりました。しかし、彼はさすがに研究者で、マハレと同じタンガニーカ湖畔に位置するゴンベとの比較を、植物や動物の種類など、次から次へと語ってくれました。

 今回Ulfstrand博士に出会った事で、マハレという場所が単に日本人研究者が初めてここでチンパンジーの研究を始めたというのではなく、チンパンジーが日本人研究者を選んだのだと少しロマンチックな感じを覚えました。私もチンパンジー研究者に出会う事がなければこのマハレの地に足を踏み入れて自然のチンパンジーに出会う事はなかったかもしれません。

 今回はチンパンジーに関する内容でありませんでしたが、私のマハレ調査の目的はチンパンジーの病気を調べることです。これからも末永く多くの人がマハレのチンパンジーに出会えるように彼らの健康を見守って行きたいと思います。次の機会にはマハレのチンパンジーに危惧されている病気の話と、私が実際に観察した調査結果をご紹介できればと思います。

 最後にUlfstrand博士の研究について紹介します。東大出版会から1990年に出版された西田さん編集の本(The Chimpanzees of the Mahale Mountains)によると、Staffan Ulfstrandさんは、オックスフォード大学探検部のタンガニイカ探検隊(1958-1959)に参加してタンザニアイロムシクイやアフリカツリスガラ、ホロホロチョウ、ニシトビ&ヒメイヌワシなどの鳥類について調べたと書かれています。



(こおりやま たかのり (財)日本モンキーセンター)




第10号目次に戻る次の記事へ