チンパンジーだってストレスを感じる

沓掛展之


 人間は緊張すると、自分の髪をさかんになでたり、意味もなく自分の顔に触ったり、そわそわして自分の皮膚をつまんでみたり、などの行動を無意識のうちにしてしまいます。このような行動は、人間のみならず、人間以外の霊長類も、ストレス状況下で行うことが知られており、動物行動学において「自己指向性転位行動(以下、転位行動と略記)」と呼ばれています。動物がどのような状況で転位行動を行うか、に注目することによって、霊長類がどのようなときにストレスを感じるのか、を知ることができます。
 私は、マハレのチンパンジーがどのようなときに転位行動を行うかを観察し、彼らにとって、ストレスを強く感じるのはどのようなときか、を分析しました。その結果、以下のことが分かりました。雄にかんしては、彼らの間の順位がストレスに強く影響しており、優位の雄はほとんど転位行動を行わず、劣位の雄は頻繁に転位行動を行っていました。このことは「偉い」雄ほど、日常的なストレスレベルが低いことを示しています。
 また、雌のチンパンジーは、他の個体が近くにいるときには、まわりに誰もいない状態よりも頻繁に転位行動を行っていました。このことは、近くに誰かがいるときは、雌はストレスレベルがあがっている、ということを示しています。また、普段あまり顔を合わせない「疎遠な」チンパンジーが雌の近くにいるときと、その雌にとって「仲よし」なチンパンジーばかりが近くにいるときの転位行動頻度を比較したところ、「疎遠」なチンパンジーが近くにいるときほど、雌は転位行動を高頻度で行っていました。このことは、近くにいる個体との仲のよさが、雌のチンパンジーが感じるストレスレベルに影響することを示しています。
 野生のチンパンジーは、果実を食べては昼寝をして、また果実を食べて、というような夢のような生活をしているとしばし考えられがちです。しかし、実際には、彼らの生活にも、多くのストレスが存在するということが今回の研究からいえると思います。

(くつかけ のぶゆき・東京大学・理)

写真:オトナ雄(奥)の近接におびえた顔をするオトナ雌(手前)



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