チンパンジーの雄と雌でパント・フートの発声行動はどう違うか

島田将喜


 50年におよぶ現在までの野生チンパンジー研究の結果、彼らの種特異的な行動が数多く報告されてきました。パント・フートと呼ばれる特徴的な大声もそのひとつです。 パント・フートは、「ウーホーウーホー・・」という低く伸ばされた声で始まり、「ウホウホ・・」とリズミカルな声が続きます。そして「ウファーッ!・・」という大声が放たれ、最後に「ウホウホ・・」という低い声が続きます。普通10秒前後の、四つの部分の連続が典型的なパント・フートと考えられていますが、実際にはチンパンジーは、いくつかの部分を省略したり、順序を変えたり、仲間の発声に自分の声を重ね合わせたりと実に多様な発声をします。
 チンパンジーは見通しの悪い森林や疎開林を広く利用し、メンバーの一定しない小集団(パーティ)での遊動を基本とした生活をするため、パント・フートは遠くのチンパンジーたちと、コミュニケーションをとるための音声と考えられています。パント・フートを発声することによって、彼らが実際にどのようにコミュニケーションをしているのかという問題は、彼らの社会のあり方を理解するために重要です。
さて、この音声はチンパンジー研究の当初から雄も雌も発声することが知られていましたが、雌のパント・フート発声行動は研究されてきませんでした。雄と雌のパント・フートにはどんな違いがあるのでしょうか。
 私は2001年から約一年間、雌のパント・フートの機能を明らかにする目的でマハレのチンパンジーの調査をしてきました。その結果、(1)雌のパント・フート発声の頻度は雄より低い、(2)雄は「典型的」なパント・フートを発声することが多いが、雌はそうでないことが多い、(3)雌は雄と異なり、ディスプレイ行動を伴うパント・フート発声は少ない、(4)雌は自らパント・フートの発声を始めることが少なく、他個体が発声している声に重ね合わせたり、その声に引き続いて発声することが多い、などの知見が得られました。
 私はこうした違いは、雄は近くにいる他個体に対しては示威的である一方、遠くにいる連合相手などとのコミュニケーションをも重視するが、雌は遠くにいる他個体よりは近くにいるパーティのメンバーとのコミュニケーションを重視している、といった他個体との社会的な関わり方の性差が強く影響しているのではないかと考えています。こうした仮説を検証するためパント・フートが発声される状況のより詳しい分析を進めています。

(しまだ まさき・京都大学・理)



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