第18回 143の性を持つ妖精―イヌセンボンタケ

中村 美知夫


 このキノコもマハレでよく目にします(写真1)。うっすら紫がかった白っぽい小さなキノコで、雨で濡れた倒木や枯死木などに大量に生えます。おそらく日本でも見られるイヌセンボンタケ(Coprinellus disseminatus)というキノコでしょう。



写真1 イヌセンボンタケ。拡大したところ。



 イヌセンボンタケはナヨタケ科のキノコで、漢字にすれば「犬千本茸」。「イヌ」は役に立たないという意味。普通は食用にしないことからこう付けられているようです。そしてたくさん生えるから「センボン」茸ということのようです(暇な人は写真2に何本生えているか数えてみて下さい)。学名にあるdisseminatusというのも、「散在している」という意味。



写真2 立ち枯れした木をびっしりと覆っている。図鑑では灰色と記述されることが多いが、離れて見ると少し紫がかって見える。



 英語では「fairy inkcap(妖精のインクキャップ)」とか「trooping crumble cap(群れるボロボロ帽子)」とか言うようです(Wikipedia online)。crumbleというのは、「ぼろぼろに崩れる」という意味で、触れると傘の部分がすぐに崩れてしまうことに起因しているようです。このキノコは食べられないこともないようなのですが、触ると崩れてしまうので集めにくく、食用には向かないというのが実際のところのようです。インクキャップという名は、似た形状のいくつかのキノコ(たとえば、ササクレヒトヨタケ、英名はshaggy inkcap)に共通するもので、その代表的なものは成熟すると傘(キャップ)の部分が溶解して黒い液状(インク)となるためのようです。ただし、イヌセンボンタケは液化しません。
 例によって、少し調べてみると、一つ驚くべきことが分かりました。
 なんとこのキノコ、143個も性(正確には交配型または接合型mating types)があるのだとか(Phadke 2018)。私たちに身近な生き物はオスとメスの2つの性を持つことが多いですが、生き物によっては3つ以上の性を持つことが知られています。このような多くの性を持つ生き物は、自分とは異なるタイプの性の相手と交配します。143個の性があるということは、自分以外に142タイプの異性がいるということになります。これも妖精ならではといったところでしょうか…。


(なかむら みちお・京都大学)


参考文献
Phadke SS 2018. Sex begets sexes. Nat Ecol Evol 2: 1063?1064.
Wikipedia online. Coprinellus disseminatus. https://en.wikipedia.org/wiki/Coprinellus_disseminatus, accessed on June 5th, 2021.



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