夕暮れのチンパンジー

座馬 耕一郎


 夕陽が沈むころ、みなさんは何をしていますか。仕事でいつの間にか夜になり夕陽に気づかない人もいると思いますし、買い物などでせわしない人もいると思います。またときには、沈む夕陽を見つめ、移ろいゆく空の色を静かに見つめている人もいると思います。
 チンパンジーは夕方になるとベッドを作り、夜はその上で眠ります。こんな風に書くと「チンパンジーは太陽とともに生活していて、陽が沈むと同時にベッドを作って眠るのだ」と思われるかもしれません。しかしチンパンジーは、人に似て、ちょっと複雑な生き物です。そんなに単純ではありません。あるときは陽が沈んでもみんなで移動を続け、闇が迫り、気をつけないと誰がいるのか個体識別もままならなくなる黄昏時になって、やっとベッドを作ることもあります。またあるときは夕陽が照りつける中でベッドを作り、横になってしまうこともあります。また、陽が沈むずっと前から地面に寝転がり、何するわけもなくゴロゴロ、ダラダラと過ごし、暗くなってからやっと動き出して、そばにある木にベッドを作ることもあります。
 さて、2019年、マハレの調査での出来事です。この日はゾラという大人のメスを追っていました。夕方近く、大きな集団から離れて湿地を通り抜け、高い木にのぼって子どもたちと1時間ほど採食をしたのち、18時15分ごろに休息を始めました。休息場所は高木の枝の上。座って西の方を見ています。傾く夕陽の光の中で、子どもたちも離れた場所でそれぞれ休息しているようで、とても静かな時間が過ぎてゆきました。ゾラの西には広い湿地が草原のように広がり、その向こうにある木々の並びを越えると、タンガニィカ湖が広がっています。私は湿地の中、といっても乾季で少し乾いた地面の上で観察をしていました。ゾラの様子を観察しながら、ときどき西に目をむけて、夕陽がだんだんと落ちていくのをいろんな思いで見ていました。ゾラはずっと西を見つめていました。どうやら沈む夕陽を見ていたようです。動きもなく、ただ、ずっと。そして陽が沈んだ18時46分、ゾラは再び動き出し、ベッドを作り始めました。



写真1 夕陽を見つめるゾラ



 夕陽を見つめるチンパンジーは、これまでにもいろんな人が観察しています。たとえば1960年にコンゴで調査を行ったコルトラントさんは、1頭のチンパンジーが15分もの間ずっと美しい入り日を見つめ、変化する色を暗くなるまで見ていたエピソードを残しています(文献1)。 また1960年代にタンザニア西部のカサカティ盆地で調査した鈴木晃さんも、チンパンジーが高い木にのぼり、夕陽をいつまでも見つめていた光景を記し、本のタイトルにもしています(文献2)。



写真2 筆者が地上から見た夕景



 チンパンジーはいつも夕陽を見るわけではありません。でも、ときどき、夕陽を見つめる姿が観察されます。なぜ夕陽を見つめるのか、その理由は分かりません。そもそも私が夕陽を見つめ、ずっと空の色を見ている理由も、うまく言葉にできません。今日もアフリカのどこかで、チンパンジーが夕陽を見つめているかもしれません。みなさんは、どんなときに夕陽を見て、そして何を思うのでしょう。


(ざんま こういちろう・長野県看護大学)


参考文献
(1) Kortlandt A 1962. Chimpanzees in the wild. Scientific American, 206, 128-140.
(2) 鈴木晃 1992. 夕陽を見つめるチンパンジー. 丸善, 東京.


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