第35回 テト

紹介者 保坂 和彦

 

 テトは11 歳の雌(2019 年9 月の時点)。私が彼女を意識するようになったのは10 年前。その瞬間が写真に残っています。ある日、目当てのチンパンジーに会えなかった私は、くたびれた足で基地に戻ろうとしていました。ふと、前方を見ると、調査道のど真ん中に、ターニー(推定18 歳の雌)とその娘テト(当時1歳)が座っていました。樹冠の裂け目から差し込んだ陽光が、スポットライトのように母子を照らしていました。私はカメラを取り出し、15 メートル先の母子を連写し始めました。すると、母の脇にいたテトがすっと立ち上がり、私をじっとみると、次の瞬間、プレイ・フェイスを見せるや、母の元に戻っていきました(写真1)。この表情は、チンパンジーが遊びの最中に見せるものです。このときも、テトが母との遊びを再開する直前の表情と解釈できるかもしれません。しかし、私には、テトが私に笑いかけたようにしか見えませんでした。



写真1 テトが“ 笑った”?(2009 年9 月4 日)



 テトが7歳になった頃、母がひどく痩せる病気に罹り4 か月ほどして消失しました。当時滞在した研究者によると、孤児となった直後のテトは、オトナ雄たちに一生懸命パントグラントしていたそうです。昔、ピピという孤児が、母プリンの死の直後、頻りに大人雄にパントグラントして追随したのを想起しました。
 テトとほぼ同じ頃、0.5 歳下の雄フィガロが、8 か月後には1 歳下の雌イリスが、それぞれ母親を失いました。以後、今に至るまで、この3 頭は毛づくろいを交わすことも多く、孤児同士の特別な関係があるように見えます(写真2)。



写真2 イリスを毛づくろいするテト(2019 年8 月19 日)



 孤児となったテトは大人雄について歩くことが多く、大人雄を調査対象とする私は彼女をよく見ることができます。テト自身が大人雄を見失っていると思われる場面もよくあり、そんなとき私は一緒に迷子になった心境になります。なぜなら、テトがまるで赤ちゃんのようにフィンパーを発するからです。彼女が父親のように慕うのはボノボという初老の雄です。体が大きくて、おっとりした性格のボノボは、テトがついてくるのを悪からず思っているらしく、テトからの毛づくろいを受けるだけではなく、ときには、テトが追いつくのを待って毛づくろいをしてやります(写真3)。



写真3 テトを毛づくろいするボノボ(2019 年9 月7 日)



 テトやイリスはそろそろ隣接集団に“お嫁入り”してもおかしくない年頃です。しかし、隣の集団の雄には悪いですが、彼女らにはアビやアッコのようにそのままM集団に居残って、こちらで子育てしてほしいものです。

(ほさか かずひこ・鎌倉女子大学)



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