初マハレでチンパンジーの毛づくろいへののぞみ方の多様性を見る

疋田 研一郎

 

 2019 年9 月〜12 月にマハレでのチンパンジー初調査を行ってきました。毛づくろいに関して、相手との社会関係や、一方向的な毛づくろいか相互的な毛づくろいかどうか、二個体での毛づくろいか集団での毛づくろいかなどの状況の違いによって、そののぞみ方が異なるのかを調べることで、相手や状況に合わせた毛づくろい戦術があるのか検討することが目的でした。調査では、主にチンパンジーのオトナオスを追跡し、毛づくろいが起こったら、手の動きなどの細かい情報を分析できるように、ビデオカメラを用いて記録をしました。マハレでは、これまで観察していた宮城県の金華山島に比べて下生えが多く、チンパンジーたちはやぶの中に入っていって、そこで毛づくろいをすることもよくあるため、追跡やビデオ撮影が難しい場合もありました。一方で、トラッカーがやぶを切ってくれることにより、さまざまな角度からの撮影ができるなど、よりよい観察状況を整えてくれるという利点もあり、野生チンパンジーの細かい行動まで記録できる貴重なフィールドであることを実感しました。その中で、初めて生で野生チンパンジーの毛づくろいを見て、そのやり方には様々な驚きがありました。そこで今回は、その印象をもとに、私がこれまで観察してきたニホンザルの毛づくろいの様子と全く異なるチンパンジーの毛づくろいのやり方について紹介したいと思います。
 ニホンザルの毛づくろいでは、彼らはせっせと手を動かし、基本的に熱心に毛づくろいをする印象を持っていました。対してチンパンジーは、マハレ隊の先輩方が仰っていたように、熱心にやっているときと、明らかにやる気がないときの差が大きいように見えました。両手で相手の体毛をかき分け、じっとかき分けた体毛を注視して寄生虫を探しているときもあれば、寝転びながら、片手で相手の体毛をかき分けているときもあるのです(写真1)。体毛のかき分け方でいえば、ニホンザルは、体毛のかき分け方に一定のリズムのよ2うなものがあり、そのリズムが毛づくろいする相手によっては速くなったり、遅くなったりするように感じるのですが、チンパンジーは速くかき分けるときとゆっくりかき分けるときのムラが大きいです。このような毛づくろいへののぞみ方の違いは、同じペアでの毛づくろいでも、日によって、あるいは同じ日のうちでも異なっており、さらには一回の毛づくろいのうちでも様々に変化しているように見えます。



写真1 右からミチオ、ダーウィン、ボノボ、クリスマス、ハディジャ。ダーウィンはボノボの頭部を両手で毛づくろいする一方で、クリスマスは寝転びながら片手で毛づくろい。



 2 つ目に挙げるのは、毛づくろい中の音声についてです。チンパンジーは、毛づくろいをする個体が、唇を小刻みにパクパクと動かし、「パッパッ」や「クチュクチュ」などと聞こえるリップスマックと呼ばれる音声(この音の発し方にはかなり個体差があります)を発することがあります(写真2)。これらの音声は、寄生虫を取り除く直前に発されたり、相手の頭や性器の周りなどの攻撃の標的となりやすい部位を毛づくろいするときに発されたりすることが多いようです。ニホンザルでも同じくリップスマックが観察されますが、彼らのリップスマックは音声を伴わず、毛づくろいの最中ではなく、毛づくろいと毛づくろいの合間などに緊張が生じた際に起こることが多いです。そのため、ニホンザルとは異なり、毛づくろい中に寄生虫を発見したときなどにそのときの心理状態が音声にあらわれているように感じられ、それが毛づくろい相手にもシグナルとして伝わりうることは、チンパンジーの毛づくろいの特徴であると感じました。



写真2 プリムスの毛づくろい中のリップスマックの瞬間。プリムスは毛づくろい中に頻繁にリップスマックを行い、その音はかなり大きい。やぶの中から聞こえてくれば、実際に見ていなくてもそこでプリムスが毛づくろいしていることが分かるほどに特徴的



 マハレで得たこれらの印象を、毛づくろい中の細かい行動からわかることをデータ化し、チンパンジーを見たことがない人にも彼らの毛づくろいの特徴を伝えられるようにするのが私の目標です。現在はコロナ禍の影響により、次にいつ今回のような調査ができるかは分かりませんが、長期的な調査が可能であれば、雨季・乾季の移り変わりや、社会関係の変動の中でチンパンジーの毛づくろいのやり方がどのように変わるのか、観察するのが楽しみです。
 今回の渡航は、松本卓也さん、清家多慧さんとご一緒させていただきました。初渡航のため不安でいっぱいでしたが、お二人のおかげで、とても充実した調査になりました。最後に余談ですが、今回の渡航中では二回お腹を壊しました。一回目はおそらく採ってきたきのこ(ムトゥリ:マハレのキノコ第4 回参照)の下処理が甘かったのが原因で、三人で一緒に苦しむことになりました。二回目は村から買ってきたバナナが悪くなっていたようで、一人で苦しみました。症状の違いのせいもあるでしょうが、同じ痛みを共有していると、不思議と気持ち的には少し和らぐもので、一回目よりも二回目のほうが辛かったように思います。チンパンジーもルルマシャ(Pycnanthus angolensis)を食べると下痢をするらしく、その様子は今回もしばしば観察されました。彼らも体調の悪い仲間には共感、あるいは同情して親和的にふるまったりするのだろうかと考えて観察するきっかけにもなり、フィールドでの体験は調査時以外でも貴重なものばかりだと実感する初渡航でした。

(ひきだ けんいちろう・京都大学)



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