第33回 オリオン紹介者 島田 将喜
Orion といえば、平成後半生まれの方々ならあるヒット曲のタイトルを思い浮かべるでしょうし、昭和生まれの方々なら沖縄で必ず飲むビールの銘柄を思い浮かべるでしょう。ですがマハレを訪ねる方々にとっては、オリオンといって思い浮かべるのは、観察する人に忘れられない印象を与え続けているオスのチンパンジー、の一択です。 写真 最近のオリオン。目立つ傷が多くなってきた さて、上位を確保するのに「必要悪」なのかもしれませんが、彼の暴君的振る舞いには目を覆いたくなるような目撃談が多いのです。たとえば弱いものいじめにしか見えない行動が数多く目撃されています。2017 年の観察時には、オリオンは1 歳のコドモを母親の前でいきなり引きずり回したり、毛を逆立てて踏みつけにしたり、といった行動を何度も行っていました。そうすることで子の母からは一目置かれる、ということもあるのかもしれませんが、久しぶりに観察したオリオンがこんな有様で、私は調査アシスタントと顔を見合わせて唖然としてしまったのを覚えています。最近では、立て続けにオリオンが子殺し、カニバリズム(共食い)といった、血なまぐさい事件の首謀者を疑われるケースが観察されており、ますます悪者イメージが強まってしまいました。 私がこうしたオリオンの振る舞いにがっかりするのには、わけがあります。私はかつて腰から下の両足を自由に運べなくなる病気がもとで亡くなった若いメスのアイについての紹介をしました(チンプん?紹介18 号)。当時、体の不自由なアイに対して(私には「理不尽」に思える)メスからの攻撃がたびたび加えられていましたが、その観察中、とても印象に残っている出来事があります。 当時11 歳の若き日のオリオンが、母のオパール、姉のルビー、そしてまだ幼い弟オスカーと一緒に、血縁のないアイと出会った際の出来事です。体が不自由なアイにオスカーが噛みついたことをきっかけに、ルビーそしてオパールが激しくアイを叩きました。アイはただうずくまるばかりでしたが、突然、オリオンが、攻撃者たちとアイとの間に二足立ちして割って入り、オパール・ルビーに対して背中を向けて文字通り「立ちはだかった」のです。オパールらは自分の息子を攻撃するわけにもいかず、結果的にそのことでオパールたちの攻撃は矛先を失う形になってうやむやになりました。 私にはオリオンがアイを気遣い、母・姉との間に立ちはだかることで「仲裁」したように見えました。自分の息子・弟に行く手を阻まれればそれ以上の攻撃は不可能で、矛を収めざるを得ませんし、オリオンは暴力的にふるまったわけではないので、母や姉との関係悪化を招くこともありません。またもちろんアイからすればオリオンのこの行動のおかげで実際にそれ以上の攻撃を受けず、被害は左手の擦り傷だけですみました。こうした「中立的な」干渉は、いかにも頭の良いチンパンジー特有の機転の利いた行動だと感心したのと同時に、こんな場面にもし自分がオリオンの立場で遭遇したら、彼のように毅然とした態度をとれただろうかと、感激したものです。 今でも私はオリオンの暴虐ぶりを見たり聞いたりするたびに、本当はいいところもあるヤツなんだと心の中で思ってい ます。ぜひ長生きして、今後は印象のよい目撃談も多く残していってもらいたいものです。 (しまだ まさき・帝京科学大学) 第33号目次に戻る | 次の記事へ |