第11 回 はじめてのマハレ

松浦 直毅

 

 だれもが最初のフィールドワークでは、新しい環境にとまどい、わからないことだらけの世界ですれちがいや失敗を繰り返し、そのなかでたくさんの発見を積み重ね、自分がすこしずつ変わっていくことを実感しながら、現地になじんでいきます。私はこれまでに、ガボンとコンゴ民主共和国で長く人類学的調査をおこなってきましたが、2018 年夏にはじめてマハレを訪れました。三つの国にある大型類人猿の長期調査地それぞれで地域住民の生活や文化を調べることで、類人猿をはじめとする野生動物と人間の共存のあり方を考えるのが目的です。ここしばらくは、勝手知ったる調査地に行くことが続いていましたが、マハレでは久しぶりに「新人」の体験をしたわけです。そこでは、悩みやとまどいもありましたが、たくさんの新鮮な発見がありました。「新人」(ちょっと年をくっていますが)の目からみた、そして、村での生活という視点からみたマハレをご紹介したいと思います。
 今回は、ベテランの先輩・島田将喜さんに案内してもらい、昨年につづいて2 回目となる高橋康介さんも一緒に3 人での渡航でした。町でも村でも、移動するにも食事をとるにも、スワヒリ語がままならず、文字どおり右も左もわからない私は、島田さんにおんぶにだっこの状態で、自分ひとりでは何もできないという感覚を久しぶりに味わいました。そういうときには不安やもどかしさもあるのですが、一方で、見るものすべてが新しく、覚えたことや行った場所がどんどん増えていくのは楽しくもありました。大人になるとふだんの生活で成長を実感することはすくなくなりますが、発見と成長の日々は充実したものでした。
 調査は、マハレに隣接するカトゥンビ村を中心におこないました。いろいろな方が紹介してきたように、村にいたるまでの道のりはとても長いものですが、道と橋が整備されたことで2018 年になって車が通れるようになっており、かなりスムーズに着くことができました。
 村では、本紙でもおなじみ、長年マハレの調査助手を務めたキトペニさんの家でお世話になりました。キトペニさんの息子で、現在調査助手としてはたらいているヘメディ君が数少ない英語ができる人ということで、調査を手伝ってくれました。乾季のちょうどよい気候で、虫などに悩まされることもなく、タンガニーカ湖の魚をはじめとした食事もおいしく、そしてなにより、キトペニさん一家をはじめとする村のみなさんのホスピタリティと人あたりの良さのおかげで、すこぶる快適で居心地よく過ごすことができました。



写真1 商業的な漁業のようす



 先に滞在を終えた高橋さんと島田さんと別れたあと、村のことや人びとの生活について、基礎的な情報を集めました。故・掛谷誠先生が1970〜 80 年代に詳細かつ広範囲にわたって調査をされていますが、その記録を参照しながら現在の村の生活をみると、この30 年ほどのあいだに大きな変化があったことがわかります。上述の交通インフラのほかに通信網も整備されて、携帯電話が広く普及しており、商店には外国製の電化製品やソーラーパネルなどの現代的な機器もふくめた多種多様な品物がならんでいます。湖では中型の動力船を用いた商業的な漁業が盛んにおこなわれており(写真1)、国立公園には豪奢な観光施設が建てられて、途切れることなく欧米人をはじめとした観光客がやってきています。人口は急増する傾向にあり、土地や資源の利用が急速に拡大しているようです。
 一方で、当時からそれほど大きく変わっていないように思われるものもありました。内陸の方には簡素な住居が散在しており、伝統的な居住形態がみられます(写真2)。農業のほか、養蜂や鍛冶仕事などが昔ながらのやり方でおこなわれています。個人的に関心があって、呪医(伝統的な医者)のもとを訪れて占いと治療をしてもらったのですが、伝統薬の利用や治療法などもきちんと受け継がれているようでした。また、伝統的な踊りを見せてもらう機会もありましたが、かつておこなわれていた「ゾウ狩り」を主題にした踊りも続けられていました。



写真2 内陸部の集落



 村の特徴として印象に残ったのは、さまざまな意味で境界に位置づけられるということです。タンガニーカ湖をはさんだ対岸はコンゴ民主共和国で、人びとはコンゴ側から移り住んできたという伝承もあるように、古くから国境を越えた人の移動がありました。コンゴに親しんでいる私は、思いがけずフランス語やリンガラ語が通じるコンゴの人たちに会えて、なつかしさも覚えました。
 もうひとつは国立公園との境界です。村の目と鼻の先に国立公園があり、カトゥンビ村は、保全政策や観光開発、そして研究活動と切っても切り離せない関係にあります。支援や雇用などで多くの恩恵を受ける反面、土地や資源をめぐって対立もはらんでおり、人口増加にともなってそれが大きくなるおそれもあります。
 地理的な境界であるとともに、村にはさまざまな民族が入り混じり、国立公園には多様な人びとが関わっていることから、人間関係のうえでも複雑にひかれた境界があります。人とモノの行き来が盛んで、大きな変化の渦中にあり、グローバル世界と伝統社会のはざまにあるともいえるでしょう。
 私にとってのはじめてのマハレは、充実した毎日で体調も良好、アクシデントやトラブルもまったくなく、とても実り大きなものでした。村でスムーズに好意的に受け入れてもらえたのは、人びとの生来の性格であるとともに、長きにわたって関係者のみなさんが築いてきた関係があるからであり、マハレの歴史の重みを感じました。村は現在、大きな変化のなかで、さまざまな課題も抱えています。ひきつづき村での調査を続けることで、私もそうした関係の発展に微力ながら貢献できればと考えています。本紙でも、村の生活や文化についてまたご紹介したいと思いますので、お楽しみに。

(まつうら なおき・静岡県立大学)



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