第9回 小さな杯—チャダイゴケの仲間中村 美知夫 「一期一会」と言うと大げさかもしれませんが、フィールドで出会うさまざまなものについても、一回だけの出会いが妙に印象に残るということがあります。この小さなキノコとの出会いもそうで、私がマハレで見かけたのは今のところ一回だけですが、その時のことはよく覚えています。
その日私は、カンシアナ・キャンプから北へと向かう道を歩いていました。普段通る人も少ないので、南側からホワシ谷に差し掛かる辺りには結構な大きさの木が倒れていて、道を通せんぼしていました。まあ、通せんぼとはいっても、地面から1メートルくらいの高さなので、普段ならばその倒木の上に一回馬乗りになって、「よっ」と反対側に降りれば事足ります。ただ、その日は雨が降っていたので、馬乗りになると股のあたりがしっとりと濡れてしまいます。下着まで濡れるのは嫌だな、と思って、私は傘を差したまま倒木の周辺を少し吟味しだしました。どこかもっと通りやすいところはないかと思ったのです。
写真1 上から見たところ―杯の内側には縦に筋があり、扁平した形の粒がいくつも入っている
そんなことをしているうちに、たまたま倒木の下にこのキノコを見つけたのでした。キノコらしくない形のキノコというのは多々ありますが、これもまたなかなか印象的な外見をしています。小さな杯のような形、そして中には小さな豆のような粒が入っています。こんなヘンテコリンなキノコを見たのは初めてだったので、傘を差したまま、さっそく写真に収めました。
写真2 横から見たところ―外側の脚の部分は毛が生えたようになっている 調べてみると、日本にも似たようなキノコがありました。チャダイゴケという仲間(チャダイゴケ科Nidulariaceae)です。その中でもスジチャダイゴケ(Cyathus striatus)によく似ているように思いますが、残念ながら、同じ種なのかどうかまでは私には分かりません。 チャダイゴケ(漢字だと「茶台苔」)は、コケという名前が付いていますがもちろんキノコの仲間で、杯の中にある粒が胞子を作る器官だそうです。「茶台」とは、お茶碗をのせる台のこと。日常生活では皿状の茶台―いわゆる茶托―が一般的ですが、仏具などでは脚があって上部がお皿のような形状になっているものがあります。そんな茶台に似ているのできっとこんな名前になったのでしょう。横から見ると毛が生えていて、たしかにキノコというよりもコケっぽい感じもします。
英語ではbird’s nest fungi―鳥の巣キノコ―という名前のようです。中に入っている粒が鳥の卵のように見えるからということらしいです。周りが毛状になっているのも鳥の巣っぽいということでしょうか。
(なかむら みちお 京都大学) 参考文献 今関六也・大谷吉雄・本郷次雄(編)2011. 『日本のキノコ―増補改訂版』山と渓谷社 Wikipedia online(英語版)「Cyathus」 https://en.wikipedia.org/wiki/Cyathus 2016年11月30日アクセス. 第28号目次に戻る | 次の記事へ |