(NEWS)マハレ研究史上初の金環日食

報告者 西江 仁徳

 

 2016年9月1日に、マハレで1965年に研究が始まって以来、初めての金環日食が観測されました。日本では2012年5月に太平洋側の広い地域で金環日食が観測され、日食観測用のサングラスが売り切れるなど大きな話題になったのをご記憶の方も多いのではないかと思います。今回の金環日食はインド洋〜アフリカ大陸の中央部〜大西洋にかけての地域で観測されたため、私の知る限りでは8月下旬に私が日本を出発したときにはまったく話題になっておらず、私自身も当日に実際に目にするまでマハレで金環日食が見られるとは夢にも思っていませんでした。

 日食当日の9月1日は、あいにく私は発熱のため調査を休んでおり、一緒に滞在していた中村美知夫さん(京都大学)が朝いつもどおりに調査に出るのを送り出したあと、キャンプでひとり本を読んで過ごしていました。すると10時を過ぎた頃に、キャンプの小屋の修理を頼んでいた調査アシスタントのモシ・ブネングワさんがやってきて、「ムベヤ(マハレから少し離れたタンザニア南部の街)の方では真っ暗になるらしいぞ」とラジオで聴いた情報を知らせてくれて、初めて日食が起きていることに気がつきました。すぐに外に出て空を見上げると、薄曇りのなかすでに部分日食が始まっていましたが、それでもまさか金環日食になるとは思わず、そのまま読書を続けていました。

 11時半頃になるとあたりが急に暗くなり、大雨でも降り出しそうな気配になってきました。9月1日といえばマハレではまだ乾季で、雨が降ることはほとんどありません。変だなと思って外に出て空を見上げると、なんときれいな金環日食になっているではありませんか!(写真1、注:たまたまこのときは薄曇りだったので直接見上げても大丈夫でしたが、日食を肉眼で直接見ると目を傷めることがあるのでご注意を。)あわててカメラとビデオを取りに行ってすぐに撮影を始めましたが、金環日食はごく短い時間(実際には2分半ほど)で終わってしまいました。


写真1 マハレ・カンシアナキャンプ上空の金環日 食(2016 年9 月1 日撮影)



 まったく思いがけずマハレで金環日食を見られたことにはとても興奮しましたが、同時にこの千載一遇の機会にチンパンジーの反応を観察できなった自分の不甲斐なさと不運を激しく悔やみました。なんといってもマハレ50年の研究史上初めてのできごとですし、今後私が生きている間にマハレでは二度と見られないかもしれません(注:帰国後に調べたところ、次にマハレで金環日食が観測できるのは2064年でした…マハレでの研究がそれまで続いていたら、後輩の誰かが観察してくれるでしょう。ちなみに皆既日食はマハレでは少なくとも今世紀中にはないようです…)。いまこの原稿を書きながらも、かえすがえす残念でなりません。

 ただいつまでも悔やんでばかりもいられないので、チンパンジーを観察しているはずの中村さんをうらやみながら、その後もひとりで日食の観測を続けました。もちろん日食観測用サングラスはなかったので、キャンプのトタン屋根に開いた穴を即席のピンホールにして、そこから差し込んでくる光が地面につくる日食のかたちを写真に撮っていきました(写真2)。雨季になるとトタン屋根の穴から雨漏りしていつも悩まされるのですが、まさかこんなかたちで簡易日食観測機器として役立つとは想像もしていませんでした。


写真2 トタン屋根の穴を通って地面にうつる 部分日食中の太陽のかたち(矢印)



 13時半頃に部分日食も終わり、夕方になると調査を終えた中村さんがキャンプに帰ってきました。金環日食のときのチンパンジーを観察したのはおそらく中村さんだけなので、私としてはとにかくうらやましく、またチンパンジーがどんな反応をしたのか聞きたくて、はやる気持ちをおさえながら、一服している中村さんに「日食のときどうでした?」と尋ねてみました。

 すると、中村さんは呆気にとられたような表情で、「日食?…あー、あれ日食だったんか!」。森のなかで太陽が見えづらかったこともあり、中村さんは暗くなったのは(キャンプにいた私と同じく)天気が悪くなったせいだと思っていたらしく、日食とはまったく気づかなかったとのこと。そのとき中村さんが観察していたチンパンジーの母子は、日食中もずっと樹上で道具を使ってアリ釣りを続けていて、日食に対してとくに反応はしなかったということでした。

 もし私がその日調査に出ていたら、他のチンパンジーは何らかの反応をしたかもしれませんが、今となっては知る由もありません。ただ、不運にも調査に出られなかった私ですが、もし私が調査に出ていて中村さん同様に日食に気づかなかったら、今回マハレで金環日食が見られたこと自体がまったく記録にも残らなかったかもしれないと思うと、ほんの少しだけ私の不運も報われたような気がするのでした。

(にしえ ひとなる 京都大学)



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