追悼 カルンデ・グウェクロ

第25回 カルンデ劇場、静かな終幕

紹介者 保坂 和彦

 

 マハレの研究者は、調査日程を終えると、同僚研究者に帰国報告のメールを送ります。私は、昨年の島田さん、花村さん、西江さんの報告にあるカルンデについての記載を見て胸騒ぎがしていました。「尿が出なくて苦労している」(島田、9月)。これは、1993年に死亡した老雄ムサが死ぬ前と同じではないか…。「出席率が低い。さすがに老いを感じる」(花村、10月)。「12月に入って1回しか観察されていない」(西江、12月)。そして、今年6月の中村さんの帰国報告。私は開くのが何となく怖く、一晩寝かせました。「カルンデとグウェクロには会えなかった。伊藤滞在時(昨年暮れ〜今年2月中旬)から見られていない?そろそろ死亡宣告か?」半年以上見られていない…。絶望的だ。

 私は今年8〜9月にマハレに現地調査に出ました。計画段階で調査対象に含まれていたのがカルンデ(写真1)とグウェクロ(写真2)。この2頭の消失は、単に計画変更が余儀なくされる以上の衝撃を私に与えました。現地に行けば、ひょっこり現れるのでは…。そんな淡い期待も虚しく、彼らはいませんでした。カルンデ享年51(推定)。グウェクロ享年52(推定)。マハレ50周年を祝う年に、M集団の社会に個体として影響を与え続けてきた2頭が静かに去り、一つの時代が終わりました。


写真1 カルンデ(上)と‘妻’ンコンボ(下)(2014年9月24日、座馬耕一郎撮影)



写真2 ‘養女’パフィー(中央)とその息子(右)から毛づくろいされるグウェクロ(左)(2014年9月22日、座馬耕一郎撮影)

 私がカルンデと最初に出会ったのは、1991年8月12日。推定28歳の絶頂期。1979年から傑出したα雄として10年以上君臨したントロギを有力雄と結託して追放。β雄シケ、γ雄ンサバ、いずれも体格がよく上昇志向の強い年下雄たちとの微妙な三者間関係の下、頻繁にどちらか一方の雄と連合し、残る一頭に突進ディスプレイをしたり、毛づくろいを交わしたり、と立ち回りを続け、新α雄の地位を死守していました。

 シケが病失し、10歳年下のンサバの挑戦に屈したときにカルンデが見せた豹変ぶりには驚嘆しました。11ヶ月前に追放したントロギと和解し、αの地位を返還。自らは同盟者として、その後、3年余り続いたントロギの第二次政権を支える側に回ったのでした。ただし、このカルンデの方針転換の背景には、チンパンジーなりの葛藤があったと私は考えています(『マハレのチンパンジー』,京都大学学術出版会,2002年を参照)。

 常にストレスを抱え、立ち回りに忙しく、生傷の絶えなかったカルンデが、その後、最高齢雄となったことは意外ともいえますし、それだけ「生きる力」を備えたチンパンジーであったともいえます。1991年にいたオトナ雄は1996年末までにカルンデを除く全頭が消えてしまいました。ントロギが1995年に失脚し、半年後には謎の集団暴行がきっかけで死亡。替わってα雄となったンサバも一年余りで消失。カルンデは1997年、α雄に返り咲きますが、成長株ファナナの挑戦に屈してまたもや失脚。その後、順位は下降線をたどりましたが、ファナナ、アロフ、ピム、プリムスと歴代α雄の時代を老獪に生き抜きました。とくに、ファナナやアロフがα雄だったとき、カルンデとの同盟は重要だったと考えています。ントロギの同盟雄になった頃から、カルンデはα雄の肉分配があれば脇に陣取り、周りに近づく雄や雌の一部に突進攻撃をし、彼らしい立ち回りを続けていました。

 比較的最近まで野生チンパンジーの寿命は40歳程度といわれていたため、私はカルンデが40歳を超えた頃から、マハレ滞在が最終日になると、「これがカルンデの見納め」と感慨に浸ったものです。ところが、次に来たときも、少し老いたカルンデがいて、わりと元気で発情雌とも交尾し、毛づくろいもよくする見慣れた光景がそこにありました。そのうち、カルンデは55歳、いや60歳まで頑張るのでは?…という期待感が膨らんできました。その矢先の消失、意表を突かれました。

 カルンデの最期については、残念ながら詳しいことがわかりません。ブタティ・ニュンドー氏が撮影した消失の前月の写真を見るかぎり、いつも通り、毛づくろいの輪の中心にいるカルンデの姿が写っています(写真3)。おそらく、体力の衰えとともに、少しずつ仲間と行動をともにする時間が減り、静かに約51年の生涯を終えたのでしょう。


写真3 ワカモノ雄テディに毛づくろいされるカルンデ(2014年11月20日、ブタティ・ニュンドー撮影)

 「あなたの人生に最も影響を与えた人物は誰ですか?」と訊かれれば、私は迷わず「カルンデ」と答えます。男勝り、子守り好きで知られたグウェクロについても、たくさんの思い出がありますが、別の機会に紹介することにします。マハレの森の土に戻ってしまったカルンデとグウェクロですが、彼らと過ごした日々はM集団のチンパンジーの多くの記憶に深く刻まれています。とくに、ンコンボは夫カルンデ(本誌第3,19号を参照)と、パフィーは養母グウェクロ(本誌第7号を参照)と、夢の中で再会しているに違いありません。

(ほさか かずひこ 鎌倉女子大学)



第26号目次に戻る次の記事へ