第5回 タンザニアを載せて駆ける
〜中央鉄道の旅①〜

島田将喜

 

 「寝台列車ファーストクラスの旅」。日本国内では近年需要の低下とともにどんどん運行本数を減らしているそうですが、寝台列車と聞くだけでなんとなく旅情をそそられるのは、私だけではないと思います。一方でアフリカと聞いて多くの人が真っ先にイメージするのは、広大な大地とそこに暮らすたくましい動物たちではないでしょうか。この組み合わせにファーストクラスの優雅さを加えたアフリカの大地を駆け抜ける旅。これはきっと最高に違いありません。このすべての要素を備えた列車がタンザニアにはあります。タンザニア中央鉄道(TRL)はその一つです。TRLの珍道中を二回に分けてレポートします。

 TRLは、東の主要都市ダルエスサラームとタンガニーカ湖畔にある西の要衝キゴマまでを、ドドマ、タボラといった中央部に位置する都市を経由しながら2泊3日、(予定では)36時間で結びます。今から100年前のドイツ植民地時代に敷設された広軌のレールや、どっしりしたディーゼル機関車も時代を感じさせます(写真1)。2014年8月の渡航でこの鉄道に乗るチャンスが巡ってきました。私は日本からタンザニアに着くなり、仕事を早々に片付けダルエスサラーム中央駅に向かいました。やっと実現する「寝台列車ファーストクラスの旅」を想像してわくわくしていました。


写真1 TRLの機関車


 乾季の晴れた空と人々の熱気。とにかく暑い。夕方4時の小さな駅舎の外も内も、キゴマ行の列車の発車を待つ人々で定刻の1時間も前だというのに大変な混雑です。こうした雑踏の中に足を踏み入れると、これから旅が始まるという気分が、一歩一歩高まってゆくのを感じます。

 さて人一人がやっと通り抜けられる狭い通路を抜けてやっと自分の部屋にたどり着いてみると、そこにあったのは備え付けの二段ベッドとその前に残されるわずかなスペース。窓側に小さな流しが備え付けられています。優雅なハズの二人用ファーストクラスの部屋の内部はこれがすべてでした。そのわずかなスペースにも、すでに大量の荷物が置かれており、その荷物を踏み越えてゆく以外に、中には入れない状況です(写真2)。私はやむなく自分のスーツケースをそれらの荷物の一つに紛れ込ませました。二段ベッドの上は頭を低くしないと座れませんが、下のベッドにはすでに先客がいます。となればとにかく自分の寝場所だけでも確保しなくてはなりません。はしごがあるわけではないためベッドの上によじ登るのは馴れないと大変で、私は使われていない手洗い台と、開いた窓に足をかけて慎重に登り降りしました。そして簡単に盗られたりしないようバックパックをベッドに固定しました。


写真2 ファーストクラスの部屋の内部


 夕方5時ジャスト。人々の興奮が最高潮に高まったころ、何の前触れもなくおもむろに列車は動き出します。空気が動き始めただけで少しだけ気分よく感じます。しかし車窓に映るのは、鉄道沿線に放棄されたゴミまたゴミという風景です。そしてそうした嫌な臭いのするゴミの山と鉄道沿線には多くの人々の暮らしがあり、子どもたちはそこで遊び、ヤギたちは「放牧」されています。都市の圏外に出るまでこうした風景が続きます。ダルエスサラームは今や人口数百万人を抱える大都市。きれいに整備された場所もたくさんあるのはもちろんですが、鉄道から見るとまさにゴミの街。目の前に延々と広がるゴミの山とその背景の巨大なビル群のギャップに、この街の抱えるむずかしさを見たように感じました。

 私と部屋をシェアすることになったのは、盲目の老人と、キゴマの小学校に通っているという老人の娘の二人でした。そもそもファーストクラスは2名用の部屋のはずですが老人の方は自分はチケットをもっているものの娘にはもたせておらず、どうやら改札などほとんど巡回しないことを見越して、一緒に部屋を使ってしまおうという魂胆のようです。盲目の老人が誰の手助けもなく鉄道での長旅をすることはできないでしょうから彼女の付添は必要だとしても、同室の私の方は狭くて暑い空間に断りもなく3名で押し込まれることになってしまったわけで一言文句も言いたくなります。しかしともあれこうして私たち3人はなし崩し的に旅の道連れとなってしまいました。部屋にいても体を横たえることくらいしかしようがありません。老人と娘と話を切り上げると、私はレストランカーに自分の居場所を確保することにし、そこでビールを飲みながら夕涼みをすることにしました。

 夜更けとともに深まる私の心配とは反対に、乗客たちの方は出発前の興奮も落ち着いて列車内もずいぶん静かになってきました。

 私はファーストクラスや寝台列車という心地よい響きの言葉に、つい日本人ならではの別の何かを期待をしてしまっていたようです。狭い部屋の中は、私のプライベートが入る余地はなく代わりに「タンザニア」が満載した空間でした。そんな当たり前のことをぼんやり考えて、酔いがまわって列車の振動が心地よく感じられてきたころに部屋に戻りました。そして二段ベッドの上によじ登り、そのままぐっすり眠ってしまいました。(つづく)

(しまだ まさき 帝京科学大学)



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