特集 マハレ50周年記念イベント
2015 年はマハレでの野生チンパンジー研究が開始されてから50 年目の節目の年です。これを記念した イベントがいくつか開催されました。本号ではこれらのイベントの様子を特集しました。

編集部

次の50 年を見据えて―東京で記念展・公開シンポジウムを開催―

マハレ野生動物保護協会(MWCS)日本代表 保坂 和彦


 2015 年9 月19 日、東京大学農学部キャンパス弥生講堂で、マハレ50 周年記念展・公開シンポジウムが開催されました。当日は朝から続々と一般参加者が入場し、ロビーに並ぶ23 枚のポスター展示(写真1)を熱心に見入る姿が多く見られ、午後の公開シンポジウムはホールが満席となる盛況ぶりでした。


写真1 弥生講堂一条ホールのロビーに並べたポスター展示を見る一般参加者
(写真提供:(公財)東京動物園協会)


 私の趣旨説明に続いて、ラシディ・キトペニさんが祝辞を述べました(写真2)。「今後も研究が続き、マハレ100 周年が祝えることを願っています」と締めくくり、会場から盛大な拍手を受けました。キトペニさんは長年、マハレ山塊チンパンジー研究プロジェクト(MMCRP)のスタッフとして貢献してこられました。今回、トヨタ財団研究助成によるMWCSの環境教育研究事業の研究協力者として来日しました。



写真2 祝辞を述べるキトペニ氏(右)(写真提供:(公財)東京動物園協会)


 シンポジウムは第1部「チンパンジーを追いかけた半世紀」(司会:長谷川寿一さん)と第2部「次の50年を見据えて」(司会:早木仁成さん)で構成され、それぞれ3名の方々にご講演いただきました。

 第1部の先陣を切った伊沢紘生さんは、1965年にマハレ調査の第一歩を踏んだ大先達です。1963〜1967年、カサカティでの調査に携わった頃に観察したチンパンジーのレインダンスに関する持論を披露されました。今西錦司さん、伊谷純一郎さんという二大巨頭の間に調査の目的からスタイルに至るまで考え方の対立があったことなど、その後のマハレ調査史の展開を振り返るとじつに興味深いお話がありました。次に、調査が軌道に乗り、国立公園に指定される直前のマハレを知る高畑由起夫さんは、K集団の消滅、狩猟行動、アルファ雄の生活史など当時の観察を下地に話されました。さらに、後の世代の観察や解釈が移り変わっていく様子を具体的に紹介し、長期観察の断片で得られる事実は長い歴史の中の‘ゆらぎ’にすぎないのか、滅多に見られない貴重なできごとなのか、という問いの形にしてこれからも長期観察を続ける若い世代に投げかけられました。最後に、MMCRP代表である中村美知夫さんは、50年の研究史と学術成果を概説し、先人の努力が今の研究体制の礎となっていることを強調するとともに、50年以上生きるチンパンジーの長期調査を未来に引き継ぐことの意義を訴えました。

 第2部は、新世代を代表して、博士論文のデータ収集のため今のマハレに通い続ける仲澤伸子さんと松本卓也さんが登壇しました。仲澤さんはチンパンジー以外の動物を対象に博士論文をまとめる意味で、マハレでは最初の大学院生となります。松本さんはマハレだからこそ微細に観察できるチンパンジー乳児の食行動を研究しています。2人とも、研究の過程で予想外の観察に恵まれた経験を紹介し、フィールドワークの醍醐味ともいえる発見の魅力を初々しく語りました。最後は京都大学総長の山極壽一さんが登壇し、ご自身のゴリラ研究を例にとりながら、日本のアフリカ類人猿研究が明らかにしようとしてきたことを、進化論の視点から解説されました。今後の類人猿研究に求めることとして、長期観察により(個体の)個性を知り、(集団の)歴史を知り、(生態系における)命のつながりを知り、(研究者である)自分の縁(えにし)を知ることを挙げられました。



写真3 公開シンポジウムの総合討論(写真提供:(公財)東京動物園協会)


 最後のセッションである総合討論は、参加者から寄せられた質問を司会の島田将喜さんが読み上げて、講演者に答えてもらう形式で進めました(写真3)。中には、「生まれた集団に残る雌と出ていく雌にはどんな違いがあるのでしょう?」というような研究者自身が答えを探している質問もありました。このような公開シンポジウムを実施することが社会貢献となるだけでなく研究の刺激にもなることを感じました。

 本イベントの実現にMWCSとともに共催団体として貢献していただいた(公財)東京動物園協会/多摩動物公園、京都大学野生動物研究センター、科研費基盤研究(A)「遺伝・形態学的手法を利用したアフリカ産オナガザル科霊長類の採食戦略の解明」(五百部裕)に改めて感謝を申し上げます。また、マハレの先達でもあり企画段階の相談から当日の役割までご協力いただいた長谷川寿一・東京大学総合文化研究科教授、会場予約にご協力いただいた丹下健・東京大学農学部長の両先生に深く御礼を申し上げます。さらに内輪で恐縮ですが、キトペニさんの来日に多大な尽力をされたMWCSタンザニア事務局長の根本利通さん、多忙な中、講演・司会を快諾してくださった上記の方々、会場に足を運ばれたMWCS会員ならびに関係者の皆様、実行委員会設立や当日運営の呼びかけに快く応じてくれたMMCRPの同僚に、企画者を代表して深甚なる感謝の意を表します。

(ほさか かずひこ 鎌倉女子大学)



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