第25回 アコ

紹介者 島田 将喜

 

 1981 年ころの生まれと推定されるアコは私にとっては大変印象深いメスの一人です。

 マハレのチンパンジーたちはアカコロブスの肉には目がなく、誰かが捕獲に成功するとたいていみんなその肉を欲しがります(マハレ珍聞第2 号)。2002 年の雨季のある日、そのころから集団内での順位を徐々に上げつつあった若いピム(マハレ珍聞第22 号)が、一頭のアカコロブスのコドモを捕えました。捕えたときには周囲にだれもおらず、ピムはさっそくコドモの肉を食べはじめました。年長のオトナメスのアコと4 歳の娘のアカディアはピムがこっそり肉を食べているところに現れました。アコは若いピムにまとわりついて何度も手を伸ばして、御相伴にあずかろうとしたもののピムからは骨のかけらや足首から下などの「食べ出のない」部分をわずかしか受け取れません。


写真 自分の右腕を「つつき型」で掻くアコ

 どうしても欲しいものがあるのに、それがかなえられない。そんなとき、皆さんならどんなふうに感情を表現するでしょうか。このときのアコが全身であらわした行動は、まさに「地団駄を踏む」「駄々をこねる」という表現がぴったり当てはまるものでした。少しずつキアキアという悲鳴が大きくなってゆき、しまいには地上で叫び声をあげながら両手両足をばたつかせて、頭をかきむしり、挙句には地面を転げまわる。。娘のアカディアは関心のない様子でお母さんのまわりで一人遊びをしています。

 デパートの売り場などで幼い子どもが駄々をこねているのを見ることがたまにありますが、そういうとき泣かれる方のお母さんは困り果てた顔つきをしているものです。私が面白いと思うのは、肉を独り占めしているピムが、泣き叫ぶアコの目の前で無頓着に肉食を続けていたことです(娘のアカディアの態度も面白いですね)。人間ならば精神的にタフでないと無視し続けることはできないのではないかと想像しますがいかがでしょう。チンパンジーはとても感情的な動物に間違いないけれど、他者の感情に対する感じ方、応じ方は、私たちとはずいぶん違いそうだということを、私に教えてくれた出来事でした。ただアコはどうやら集団の他の仲間たちに比べて「地団駄」で感情を爆発させることの多いタイプ(平たく言えば癇癪持ち)のようです(そうした癇癪持ちとして、他にクリスティーナなどを挙げられます。マハレ珍聞第11 号参照)。アコのこうした姿はときどき目撃されていて、たとえば西江仁徳さんはアコが移動中、だっこしていた娘のアサヒがツルを登って離れていってしまい、そのたびに待たされ思うように移動できずとうとう地団駄を踏むのを観察したそうです。

 ちなみにアコがその後に受け取ったのはコロブスの尻尾で、やはり「食べ出のない」部分にすぎませんでしたが、それでもアコにしてみれば駄々のこね得だったのかもしれません。

 こうした個性的な感情面の他にも、アコが集団の他の仲間とは違う点を指摘できます。マハレのチンパンジーは他の個体を毛づくろいするときに、相手の背中を掻くことがあります。前後に指先を大きく動かしてゴシゴシ、ボリボリと掻く「ストローク型」で掻くのが普通です。ところがアコだけはこれに加えて、指先でチョンチョンと背中の毛をつつくように掻く「つつき型」も多くすることがわかっています。私はアコのこうした個性的な行動が集団内に広まることがあるのかを調べていますが、その報告はまた稿を改めてしたいと思います。

(しまだ まさき 帝京科学大学)



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