マハレのヒョウの声

大谷 ミア

 

 ヒョウは地域によっては数千km2にも及ぶ縄張りをもち、互いを避けあって単独で生きていることが知られています( ヒョウに関する詳しい記述はマハレ珍聞第14 号と21 号にあります)。またヒョウは尿や糞、体をこすりつけるなどして木に匂いをつけたり、爪痕をつけたり、声を出したりと、様々な方法でそれぞれの縄張りを守っていると考えられています。中でも私が興味を持っているのが、音声です。ヒョウはあまり鳴くイメージのない動物ですが、時々1km 以上先でも聞こえるような、大きな声で鳴くことがあります。「オォー、オォー、オォー」と、独特な鳴き声で、先行研究では、のこぎりで木を切る音に似ていることから” sawing( ノコギリ音)” と呼ばれています。


写真1 カメラを覗き込むヒョウ(撮影 仲澤伸子・大谷ミア)


 一般的にsawing は、繁殖相手へのアピールと、自分の縄張りの主張であると考えられています。同じ音を使って一方は相手を引き寄せ、他方は寄せ付けない、この二面性に興味を持ち、音声の研究を始めました。2014 年7 月から11月までの約5ヶ月間、ヒョウの音声を録音するため森の中に計6 台のボイスレコーダーを設置し、録音し続けました。また調査地域内に生息するヒョウの数を推測し、個体識別を行うため、ヒョウの食性を研究されている仲澤伸子さんにご協力をいただき、多数のカメラも仕掛けました。

 レコーダーとカメラのデータから、現段階で録音されている音声のほとんどが1 個体由来であることがわかりました。先行研究では「オォー」の繰り返し回数によって個体が聞き分けられるという記述がありますが、今回得られた同じ個体から発せられた声はその回数が8 〜 17 回と、まちまちでした。しかも同じ時間、同じ場所で、5分から10 分おきにその繰り返し回数を変えて鳴くことから、回数による個体識別は難しいのではないかと考えられます。さらに、今までヒョウは朝方と夕方によく鳴くと言われていましたが、マハレでは深夜にもよく鳴いていることもわかりました。

 こうしてヒョウの声はたくさん聞いていたものの、調査も終盤に差し掛かった頃、まだ一度も実物のヒョウを見ていないことに気がつきました。どうしても見てみたいという思いからある日、朝の4 時半にキャンプを出ました。アシスタントと暗闇の中を歩き、カメラによくヒョウが写る地域を目指して4 時間ほど歩き続けましたが、見ることは叶いませんでした。せめて鳴き声だけでも聞こうと思い、小高い丘で腰を下ろし、静かにしていました。普段から調査の一環としてこのようにヒョウのいそうな場所にある丘などで座って2、3時間ヒョウが鳴くのを待っているのですが、この日は慣れない早起きのせいで、極度の睡魔に襲われました。耐えられずうとうとしていると、しばらくして急に

 「チュイ!!!!!!」

 という声で目が覚めました。チュイとは、スワヒリ語でヒョウのことです。顔を上げると同時に、ガサガサッという大きめの足跡を聞きました。

 自分もうとうとしていたらしいアシスタントは、ふと気配を感じ見あげると、我々の5m ほど先に、こちらを見ているヒョウがいたと言います。おそらく、丘の上にいたので我々の姿が見えず、物音もしない( どちらも寝ていますから…) のに、いつもと違った匂いがして気になったのでしょう。急に動き出してヒョウをびっくりさせてしまい、申し訳なく思いました。


写真2 ヒョウの足跡(撮影 大谷ミア)


 結局ヒョウは見えなかったものの、間近でその足音を聞くことができ、少なくとも近づくことができたことは嬉しかったです。本当に静かにじっとしていれば、ヒョウに出会うことが可能だということもわかりました。ヒョウのよく通りそうな場所にテントを張ってみるのもいいかもしれません。出会ってから食べられないようにどう逃げるかは考えておかないといけませんが…。



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