第24回 ゾラ

紹介者 島田 将喜

 

ゾラは1998 年にマハレM 集団に移入してきたメ スです。ゾラの移入後3 年ほどの間集団に移入して くるメスがたまたまいなかったため、私が2001 年 に初めてマハレに滞在した際、研究者の間ではまだ 彼女は「新入りメス」と呼ばれていました。ちなみ にM 集団に移入してくるメスは平均すると1 年間に 1 名ほどなので、3 年程度誰も新入りがいない、と いうこと自体は決して珍しいことではないのですが。  私が彼女を追跡対象個体として選んだのは、若い ゾラの真っ黒な毛並みがとても美しく感じたという のも理由の一つですが、困ったのは、人間に対する 警戒心が強く、恐らくそのせいもあって、高い木の 上で活動している時間が長いということでした。当 時調査を始めて間もない「新入り研究者」だった私 にとっては、うまく観察することができない追跡の 難しい相手だったわけです(単に、私が彼女に嫌われ ていただけかもしれませんが)。ゾラは移入後、年寄 りメスのファトゥマ(珍聞6 号)について歩くよう になりました。そしてファトゥマ一家が主な生活の場 としていたM 集団の遊動域の北部で、ゾラも生活 するようになりました。

 後にズフラと名付けられる初めての娘を2002年4月末 に出産し、集団に合流した日のことを、私は よく覚えています。というのも、それまでほとんどの 時間を樹上で過ごし、多くのチンパンジーたちとは あまり関わり合いをもたず、おとなしく老ファトゥマ 女史につき従うばかりという印象だった彼女が、自 分の赤ん坊を集団のオスたちに「お披露目」して回り、 多くのオスたちに挨拶代りの毛づくろいをしても らったり、当時第一位オスだったファナナ(珍聞14号) の後ろについて地上を堂々と歩いたりする姿は、「ど う?これで私も一人前よ!」と言っているかのように 思えたからです。出産の前まで、ゾラが多くの集団 のオスたちと交尾をしていたことを私は観察して知っ ていました。ひょっとすると「身に覚えのある」オ スたちは自分の子かもしれない赤ん坊を育てる母親 ゾラを無下にはできないし、年上のメスたちもオス の助力を得たゾラに対してはもはや強く出ることが できない、ということなのかもしれません。私には、 ゾラがまるで自分の赤ん坊を社会への「パスポート」 のように活用しているかのように見えました。チン パンジーのメスにこのようにしたたかな側面のある ことを、私に教えてくれたのはゾラが最初です。



壮年期を迎えすっかり毛の色もくすんできたゾラと、 2013 年に生まれた息子。


ゾラは3 番目の子どもを出産後ほどなくして亡く したものの、昨年には4 番目の子の子育てを始めま した。乳飲み子とやんちゃな次女ゾルファを連れた ゾラは、今でもファトゥマとともに、遊動域の北部で 見つかることがよくあります。私たちが一日森を 歩いてもチンパンジーたちをまったく見つけることがで きず、しょんぼりして調査を引き上げてくると、 夕暮れ時に研究者の暮らすカンシアナキャンプの近くの 木の上で静かにたたずむゾラたちを見つける、 という経験を多くの研究者がしています。これはキャンプ がM 集団の遊動域の北寄りに位置するからですが、 ゾラや彼女の子どもたちは、これからもカンシアナ の研究者たちに多くのことを教えてくれるに違いありません。

(しまだ まさき 帝京科学大学)



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