第4回 激闘!手荷物検査

松本 卓也


  マハレの調査地に行って帰ってくるまでの道のりは、 遥か長いものです。タンザニア国内での移動手段は、 この連載でも紹介されたように国内線飛行機、ファイバー ボート、貨客船、他にも鉄道、長距離バスなど多々 ありますが、日本―タンザニア間を行き来する際には たいていの場合は飛行機を利用します。つまり、私た ちにとってのタンザニアの玄関口は、ダルエスサラーム のジュリウス・ニエレレ国際空港、あるいはアルー シャのキリマンジャロ国際空港、ということになります。 その出入国の際には、必ず手荷物検査があるわけ ですが…こうした場面で、ちょっと居丈高な空港保安 検査員に自分のスーツケースの中身を調べられている と、何も悪いことはしていないはずなのに、妙にドキ ドキしてしまうのは私だけでしょうか。しかもそれが、 日本ほどは満足に言葉の通じない海外なら、なおのこと です。今回は、チンパンジー調査の(珍)道中の終 着点、タンザニアでの出国時のお話です。



ジュリウス・ニエレレ空港の手荷物検査 (撮影 座馬耕一郎)


 あれは2012 年9 月、私が2 回目の調査を終えて、 ようやく日本へ向けた飛行機に搭乗しようかというと きでした。私はいつものごとくちょっとドキドキしな がら、検査員がスーツケースの中を探るのを待ってい ました。麻薬など、イケナイものは持っていないはず です。しかし、その検査員は私のスーツケースからあ るものを取り出し、「ヒーニ ニーニ(スワヒリ語:こ れはなんだ)」と見咎めたのでした。それは、日本を発 つ際に祖母からもらった、神社のお守りでした。私の 拙いスワヒリ語彙の中には『お守り』という単語はなく、 少々焦りましたが、かろうじて知っている単語を繋い で、「神様からの贈り物だ」とそれらしい表現を捻り出 しました。これで納得してもらえると思ったのですが …彼が継いできた二の矢に、私はすっかり参ってしま いました。


  「この袋の中には、いったい何が入っているんだ?」


  …はて、お守りの中というのは、いったい何が入っているのでしょう。困りました。


お守りは開けてはいけないものだという、日本人 にとって「当たり前」のルールを、もちろん彼らは知り ません。そもそも、お守りを開けてはいけない理由 を改めて考えてみても、日本人のはずの私にだってわか りません。言葉が見つからなかった私は、素直に 「知らない」と答えてしまったのでした。…これがいけなかっ た。麻薬を運んでいる人なんて滅多にいないと、ちょっと おざなりに仕事をしていたであろう検査員の顔色 がみるみる変わって、「中身を知らない袋をなんで 持ってるんだ」と、(確かに、かなりもっともな意見だ…) 彼はお守りを開けようとしました。

せっかく祖母からもらったお守りを、無理やり開け られて台無しにされるのも避けたいところです。そこ で私は、タンザニア流の「駄目もとでお願いしてみる」 精神と、ちょっぴりのいたずら心から、「その袋は神 様からの贈り物だ。頼むから開けないでくれ。それを 開けたら、日本の神様がお前に天罰を下すぞ」と脅し てみました。すると、検査員がぴたりと手を止め、 こちらを見、「本当か?」と聞いてきました。なかなかに 効果があったようです。私はしめしめと思って、「ああ、 本当だ。日本の神様の力はすごいぞ」とさらに脅し をかけてやりました。日本の偉大なる神様からの贈り物と、 私の顔を交互に見ていた彼は、徐に、お守りを 私に渡して、こう言い放ったのでした。「お前が開けろ」と。

 …ぐぬぬ、負けるものか。こうなったら、もう恨み節です。 「わかった、開ける。開けるよ。ただしな、私 はあんたが言うからしかたなく開けるんだ。命令に 従っているだけだ。…だから天罰はあんたに下る」と言 いつつ、開けるふりをしてみました。慌てたのは検査員 の方です。「おい、開けるのはお前だ。だから俺に天 罰は下らないだろう」どうやらよほど天罰が怖いようです。 そこで、「いいや、あんたに天罰が下るよ。ああ、 神様、ごめんなさい。私は彼に言われて、あなたから もらった贈り物を開けなくてはならないのです!」と、 手を合わせて祈るふりまでしてやりました。これが決 まり手でした。

  検査員「行けっ!」   私「開けなくてもいいの?」   検査員「いいから、さっさと行け!」   私「ありがとう(満面の笑みで)」

 こうして私は、祖母からもらったお守り袋を守り抜き、 出国審査を無事に終えて日本へ帰ってきたのでした。 今から振り返れば、駄目もとのお願いを公的立場の人でも 聞き入れてしまうことがある点、神様のことを(祈 るふりをしていた私なんかよりもよっぽど)畏敬している 点など、タンザニアの人の内面がよく表れた貴重 な体験をしたなぁ、と思います。…しかし当時は、内心 ひやひやものでした。願わくば、道中は珍事件が起 きないで欲しいものです。

(まつもと たくや 京都大学)



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