イノシシを食べる? 食べない?

座馬 耕一郎


 日本ではシカやイノシシによる農作物への被害対策 として、野生動物を狩猟しておいしく食べようという ジビエ料理が注目されています。しかし食べ慣れて いないせいか、ちょっと苦手、という方もいるはず。 今回はそんな話題にも通じる、チンパンジーのグルメ 事情についてお話したいと思います。

 チンパンジーが狩猟をすることはよく知られていると 思います(この話をすると、ときどき、「獲物をその まま食べるなんて・・・」と渋い顔をされる方もいらっ しゃいますが、馬刺しなどを好む日本人と似ている なあと思ったりします)。マハレでチンパンジーの 狩猟行動について長年にわたり研究されている保坂和彦さ んによると、近年、もっともよく狩猟されたのは霊長類の 仲間のアカコロブスで、1990 年から1995 年ま でに観察された295 頭の獲物のうち、じつに8 割以上の 245 頭がこのサルだったそうです。

しかし、今年は違いました。空前のヤブイノシシ・ブームが巻き起こったのです。

 私は9 月下旬から10 月下旬までマハレで過ごし、 その間、花村俊吉さんや中村美知夫さんと共にチンパ ンジーを追跡していました。この3 人による1 か月間の 観察では、4 頭のヤブイノシシの子ども(ウリ坊)の狩 猟が確認されました。保坂さんによると、1990 年から 1995 年までに狩猟されたヤブイノシシはたったの5 頭 ということですので、この時期に、いかにヤブイノシシ が狩猟されていたかが分かると思います。

 しかも面白いことに、このひと月の間、アカコロブス の狩猟は観察されませんでした。近年、あれだけよく食 べられていたのに、です。じつはアカコロブスを狩猟し ようとした試みは何度か観察したのですが、最近、アカ コロブスの反撃が激しさを増しているようで、チンパン ジーの狩猟は失敗続きのようでした。アカコロブスを木 の上に追いつめていたはずのチンパンジーが、木の上か らジャンプして威嚇するアカコロブスの反撃にあい(写 真1)、逃げだしていくこともありました。アカコロブス が食べられなくなってきたこともあって、ウリ坊に手を つけたのかもしれません。



写真1 チンパンジーに立ち向かったアカコロブス


さて、ウリ坊を捕まえたチンパンジーですが、アカコ ロブスを食べるときとはちょっと様子が違っていました。 なんとなくですが、あまりおいしいとは思っていないよ うなのです。

 10 月19 日の夕方のこと、アルファオスのプリムスが ウリ坊を手に持ち藪を突進していました。その周りでは オトナのオスやメスが騒いでいます(写真2)。いつもだ とそのままプリムスが肉を食べはじめ、周りの個体がお 相伴に与ろうと手を差し伸べたりするのですが、この時の プリムスはあろうことか、力任せにウリ坊を宙に放ってい ました。そしてウリ坊を拾い、少し脚を噛み、周りの騒ぎ に興奮し毛を逆立て、また突進して宙に放る、そのパター ンを繰り返しているのです。肉を食べたいというそぶりが あまりなく、30 分もたたないうちに、プリムスはウリ坊 を手放していました。その後、ウリ坊の所有者は次から次 へと替わり、2 時間ほどした後にはオトナメスのヴェラに 渡っていました。2 時間といえば、アカコロブスだったら ほとんどが消費される頃ですが、まだ肉のほとんどが残っ ています。ヴェラは肉をじっと見つめ、そこから腸を取り 出して、近くの藪に投げ捨てていました。どうも、たくさ ん食べたい、というわけではなさそうでした。



写真2 捕まえられたウリ坊。このときはプリム スの隣でボノボ(オトナオス)がウリ坊を保持。


そんな姿を見ていると、チンパンジーはヤブイノシシの 肉の味があまり好きではないのでは、という印象が沸いて きました。もしかしたら食べ慣れていないせいかもしれま せん。しかしこういった印象は観察者によって異なるよう です。一緒に歩いていた現地アシスタントは、ヤブイノシ シを食べなかったチンパンジーの名前を挙げ、「あいつは ムスリムのようだ」と感想を漏らしていました。ご存じの とおりイスラムの世界では豚を食べることが禁じられてお り、それをなぞらえての印象です。ヒトの食文化も様々です。 たとえば日本人が好む刺身などの生肉食文化は、タンザニ アでは一般的ではありません。私たち日本人研究者は、よく、 タンガニィカ湖で釣れたクーヘという魚を刺身にして食べて いますが、現地スタッフに薦めても、笑顔ではっきりと断ら れることがほとんどです(おいしいのですが・・・)。今後、 このヤブイノシシ狩りブームがマハレのチンパンジーの食文 化として根付くのか、それともおいしくないといって終息 してしまうのか、もしかしたら予想だにしない「食べ方」に 発展していくかもしれません。この先が楽しみです。

(ざんま こういちろう 京都大学)



第24号目次に戻る次の記事へ