第3回 一人の男しか知らなかったキノコ — ムスウェンスウェ
中村 美知夫
今回紹介するのは「ムスウェンスウェ」というキノコです(写真1)。このキノコの名前は、今のところたった一
人のトングェの男性から聞いただけですので、どこまでトングェの人達の間で通用しているのかは分かりません。
写真1 ムスウェンスウェ。
真っ白でとんがり帽子のような傘である。
そのたった一人の男とは、花村さんの連載(『マハレ珍聞』16 〜 21 号)にもたびたび登場したムトゥンダさんで
した。2007 年12 月のこと、私とムトゥンダさんは、北に生息するY集団の調査のため普段はあまり歩かない高い
山の上を歩いていました。ある場所でムトゥンダさんは何も言わずにズボンのポケットからビニール袋を取り出し、
しゃがみ込みました(なぜ彼がその時ビニール袋を入れていたのかは未だに謎です)。地面には白いキノコが群生し
ています。ピンときた私はムトゥンダさんに「食べられるの?」と聞くと彼は黙ってうなずきます。キノコには目
のない私は、デイパックからビニール袋を取り出し(これは本来調査用です)、一緒に黙々とキノコを採りました(写
真2)。名前を聞くと「ムスウェンスウェ」というらしい。
写真2 ザル一杯に取れたムスウェンスウェ。
一箇所に群生するので大量に収穫できる。
山を降りて、他にキノコに詳しいトングェ何人かに聞いてみましたが、誰も名前を知りません。ムトゥンダさん
は子供の頃に山の中に住んでいたので、湖岸近くに暮らしていた人たちとは違うものを知っていたのでしょう。い
ずれにせよ山の達人ムトゥンダが「食える」というからには旨いはず。
どういう調理法がよいのか分からないのでとりあえず基本のゴマ油炒め。肉質が柔らかいのでかなり汁が出ます。
醤油を少々垂らします。炒め物というよりも煮物といった感じの出来上がりになりましたが、味は抜群。とくにゴ
マ油の香りと醤油味のついたキノコの出汁が最高です。汁だけでご飯が何杯も進みます。
帝京科学大学のキノコの専門家岩瀬剛二先生によると、このキノコはシロアリタケ属(Termitomyces)の一種だ
ろうとのことです。素人目にはあまり似ていないように見えますが、前回紹介したブスワレに近い仲間ということ
になります。
ムトゥンダさんは2010 年に亡くなりました。このキノコについては彼から学ぶことができましたが、彼だけが知っ
ている山の知識はもっともっとたくさんあったに違いありません。
謝辞:写真を見て、シロアリタケ属だろうとご教授下さった岩瀬先生および、岩瀬先生をご紹介下さった島田将喜
編集長に感謝致します。
(なかむら みちお 京都大学)
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