第14回 ケインラット

五百部 裕


 ケインラット(Cane rat)は齧歯目(ネズミ 目)ケインラット科(Thryonomyidae)に属 する動物です。この科に属する動物は、アフリ カに生息するケインラット属(Thryonomys) の2 種のみです( ヌマチケインラット: Marsh cane rat、T. swinderianus とサバ ンナケインラット:Savannah cane rat、T. gregorianus)。ヌマチケインラットがサハラ 砂漠より南の西アフリカから東アフリカにかけ て広く分布しているのに対して、サバンナケイ ンラットは中央アフリカから東アフリカにのみ 分布しています。この2 種のうち、マハレでは ヌマチケインラットのみの生息が知られていま す。いずれもIUCN(世界自然保護連合)のレッドリスト(絶滅のおそれのある生物のリスト)では Least concern に分類されており、絶滅の危機には瀕していないと考えられています。ヌマチケイン ラットは、頭胴長が50cm、体重は4.5 〜 8kg ほどの大型の「ネズミ」です。胴体は茶褐色を基調と しており、鑿(のみ)のような尖った切歯を持つのが特徴です。尾は比較的短く、穴掘りや草を切る のに適した鋭い爪を発達させています。

 Cane(茎またはイネ科の植物)という名前が示す通り、主食は草です。またヌマチという名前から わかるように、湿地を好み、谷底などに巣を作って生活しています。夜行性で、単独生活を基本とし ており、頻繁に高い声で鳴くことが知られています。平均的に1 年に2 回繁殖し、1 回に2 〜 8 頭の 子どもを産みます。そのため、まさに「ネズミ算」のように個体数が増えていく一方で、肉食動物や 猛禽類、そして人間による捕食の頻度も高いようです。

  マハレで中・大型の哺乳類のセンサスをしていると、物音だけして動物の姿が見えないということ がよくあります。このとき「今の動物はなに?」と現地アシスタントに聞くと、よく「Nsenji」とい う答えが返ってきました。これはケインラットのトングェ名です。ただ残念ながら私自身はこの動物 をはっきりと見たことはありません。また長年のチンパンジー研究において、彼らがケインラットを 食べたという記録はありません。センサスの際の遭遇頻度の高さから考えると、それなりの数のケイ ンラットが生息していると推定されます。そこでチンパンジーがケインラットを食べないのは、彼ら にとってケインラットが魅力的な「獲物」ではないからかもしれません。一方でケインラットは、ト ングェの人たちの好物です。またアフリカの多くの地域でも人間の食用に供されており、西アフリカ では食用に繁殖する試みも始まっているほどです。このように、チンパンジーと人間では狩猟や肉食 の対象に好みの違いがあり、人間の方が選択の幅が広い、すなわち「肉であればなんでも食べる」と いう特徴を持っているのかもしれません。

(いほべ ひろし 椙山女学園大学)



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