マハレの森に潜む動物・ヒョウ

仲澤 伸子


 2012 年6 月から、わたしはマハレ山塊国立公園とウガラでヒョウの調査を始めました。ヒョウ(Panthera pardus)は食肉目ネコ科ヒョウ属に属する動物です。チーターやジャガーと見分けがつきにくい、とよく言われますが、模様で区別するならば、チーターは小さな斑点が点在し、目から口にかけて黒い筋が入っています。ヒョウは斑点が円状になったものが点在しており、ジャガーだと、その円状になった斑点の中にもう1つ斑点が入ります。ぜひ動物園で見てみてください。



写真1 自動撮影カメラに写ったヒョウ


 ヒョウはイエネコを除くネコ科の中で、もっとも広範囲に分布しています。アフリカではサハラ砂漠以南のほぼ全域で生息が確認されています。マハレでは日常的に糞が見つかり、足跡も見られ、夜には声が聞こえます(マハレ珍聞第14号にヒョウについての記事が掲載されています)。このように身近な動物ではありますが、なかなか直接観察や追跡をすることはできません。マハレのヒョウはどのように生活しているのでしょうか。

 わたしは2012年の調査で、8台の自動撮影カメラをしかけてヒョウの撮影を試みるとともに、その食性を知るためにヒョウの糞を集めました。カメラにはいろいろなものが映りました。枝にぶら下がり揺れているチンパンジーの足。長時間ずっと一ヶ所で採食するダイカー。母親に駆け寄りすりよるヒョウのこども。今は、撮影されたヒョウの模様から、個体識別を試みているところです。糞収集では、毎日チンパンジーの観察路を歩き、ヒョウの糞を見つけては拾い集めました。新しい糞を見つけた場合には、DNAからどのヒョウの糞かを後で調べられる可能性があるので、少しだけ採取してチューブに保存します。残りの糞は持ち帰り、乾燥してから中身を調べました。まずヒョウの糞はとても硬いです。乾燥すると硬すぎて、水に溶けず手でも砕けません。そこで、石を使います。ガンガンと石で糞をたたいて壊して中身を出してから、水で洗うのです。また、とても臭く、ビニール手袋をして作業をした後、石鹸で手を洗ってもなかなか臭いが取れません。糞を壊した時に舞う粉の臭いが鼻の奥にいつまでも残るので、マスクをして作業します。ヒョウは獲物をほとんど噛まずに飲み込むため、糞からは獲物の骨や毛がごろごろ出てきます。ダイカーの角、蹄、鋭く硬いヤマアラシの針。サルの片手が手首の先から丸ごと出てくることもあります。毛もたくさん出てきます。こういったものから、ヒョウが何を食べたのかを調査しています。


写真2 一つの糞から出てきた骨


 糞を崩して中身を見てみたところ、そのうちの1つからチンパンジーの骨が見つかりました。現地のお年寄りに見てもらうと「チンパンジーの骨だよ」と言う一方、若い方は「かなり大きいヒヒでしょ」と言います。私自身は、ヒヒにしては膝蓋骨が大きすぎるのではないだろうかと思っていましたが、動物の骨をたくさん見るのは今回の調査が初めてでしたので、ヒヒでないという確証は持てませんでした。帰国後、自然人類学教室の中務教授にその骨を見ていただいたところ、チンパンジーの膝蓋骨と指骨であることが確認されました。これはヒョウがヒガシチンパンジー(Pan troglodytes schweinfurthii)を食べた初めての報告となりました。これまで、西アフリカのニシチンパンジー(P. t. verus)や、中央アフリカのツェゴチンパンジー(P. t. troglodytes)を食べたという記録はありましたが、もっとも長い間調査がされているヒガシチンパンジーでは、ヒョウが食べた証拠は見つかっていなかったのです。DNA分析を行った結果、Mグループのチンパンジーではないことが確認されました。隣接する他のグループの個体を食べたようです。今まではヒョウによるヒガシチンパンジーの捕食が確認されていなかったため、マハレにおいて研究者がチンパンジーの大けがを発見した際は、「チンパンジー同士の喧嘩によるけが」と位置付けられてきました。しかし今回の結果でヒョウがヒガシチンパンジーを食べていることが確認されたことから、こうした大けががヒョウによるものである可能性が示唆されました。これまで、ニシチンパンジーの一部の研究者によって「ヒガシチンパンジーは捕食圧を受けていないために社会性や利他性が低いのではないか」といった議論がされてきましたが、今回の発見によってヒガシチンパンジーの見方が変わる可能性があります。この成果はJournalof Human Evolution 誌に掲載されました。


写真3 明るいうちでも動き回っている


 直接観察も試みましたが、見ることはかないませんでした。しかし日々拾う糞と、カメラに映るヒョウと、夜空に響く咆哮は、彼らが確かにここに生息していることを教えてくれました。今後は継続的に直接観察も試みつつ、残された痕跡から、彼らがどのようにここで生活しているのかを明らかにしていきたいと考えています。

(なかざわ のぶこ 京都大学)



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