第20回 シーザー

紹介者 島田 将喜

 

 『猿の惑星』(The Planet of Apes: 直訳すると『類人猿の惑星』)という有名な古典的映画がありますが、2011年にこの映画のリメイク版が公開され話題を呼びました。この映画の主人公は、人工的に高い知能を持たされたチンパンジーのオスで、シーザーと名づけられていました。実はマハレM集団にも同じローマ皇帝の名を戴いたオスがいます。今日は彼を紹介しましょう。

 マハレのシーザーは、1998年生まれ、シンシアの三番目の子です(ただし上のきょうだいたちはいずれも生後ひと月ほどで亡くなっていました)。私が初めてマハレに滞在した時、彼はまだほんの3歳でやんちゃな盛りでした。他のチンパンジーたちともよく遊ぶ子でしたが、母親のシンシアが観察者によく慣れていて、一方で彼女の気の強い性格なのが影響しているのか、シーザーは当時から、気づくと観察者の足元にまとわりついていたり、人の足を叩いたり人に向かって物を投げたりして逃げるといった、人に対する「いたずら」が多かったのが印象に残っています。

 シーザーはワカモノ期に入ってからも、年の離れた妹と遊ぶのが大好きで、まだアカンボウの妹を相手に遊びがエスカレートして母親に嫌がられたり、妹を背中に乗せて「お馬さん」になってあげて長距離を移動したりしています。もちろん最近は、年ごろのオスが皆そうするように、オトナのメスたちに対してチャージングディスプレイ(肩を怒らせて突撃したり、つるをゆすったりして、自分の力を誇示する行動)を行うのがよく観察されます。オトナのオスの仲間入りをするための行動ですが、シーザーのディスプレイはなんとなく頼りなげで、おばさんメスたちに反撃されてあべこべに悲鳴を上げさせられているのを何度か見ています。このように女(メス)の子がよくする遊びをシーザーは長いこと続けていて、「男(オス)らしさ」のようなものが欠けているように感じていました。


写真 最近のシーザー。なぜか顔が黒くならない。


 実は、シーザーには同い年のオスの友達が1頭もおらず、同い年のメスの友達は6頭もいました。チンパンジーのコドモは、同い年の集まりをつくって遊ぶのが一般的です。一方、すべてのチンパンジーのメスは10歳を過ぎるころに生まれ育った集団を独り立ちしてゆくのが普通で、これらのメスたちも現在までにすべてM集団から姿を消しました。もちろんシーザー自身には、彼と同じ1998年前後に生まれた他のアカンボウたちの男女比について、選択の余地はなかったわけですが、彼の場合偶然にも、幼いころから女(メス)の子と遊ぶ機会が多く、ワカモノになってからは「幼馴染」の同い年の男(オス)と遊ぶチャンスがなかったことが、彼の社会的な成長や性格形成に影響を与えているのかもしれません。

 このように、マハレM集団のシーザーは今のところ、残念ながら映画の中のシーザーのように頭がよくて、力も強い、大勢の他の類人猿たちのリーダー格というようには私には見えません。もっともまだ14歳。これからの彼の立ち回りに期待したいと思います。

(しまだ まさき 帝京科学大学)





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