第17回 ダーウィン

中村 美知夫

 

 まったくもって時宜を得ない話題で恐縮ですが、2009年は進化論の父、ダーウィンの生誕200周年でした。それを記念した出版やイベントなども多かったので、(まだ)ご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。今回は、そんな偉大な進化論の父の名前を持つチンパンジーが主役です。

 我らがダーウィンは1988年生まれの雄で、私が最初に出会ったときにはまだ6歳のガキンチョでした。母親のダルが臆病だったためか、調査の最初のころはほとんど見かけた記憶がありません。ところが、同年9月に孤児になると、頻繁に他の個体たちと一緒にいる姿を見かけるようになりました。



写真1 6歳のダーウィン(右)。アロフ(左)に毛づくろいされている


 孤児になったコドモの雄は、よく低順位のオトナ雄について歩きます。ダーウィンもまたベンベという雄にしばしばついて歩くようになりました。ベンベにはもう一頭別の孤児、チャールズもついていましたから、ベンベには「チャールズ・ダーウィン」がつき従っていたことになります。

 孤児であったためか、ダーウィンは発育も遅く小柄な体格で、ワカモノになるころには2歳半年下のプリムスにまでよくいじめられて悲鳴をあげていました。一方で、人間のことはまったく気にしない代表格で、マスディやハンビーに次ぐ「脱力系」のオトナ雄になると思われていました。オスたちの集まりからは少し距離を置き、独りのんびりと昼寝したり、黙々とアリ釣りに興じたり…。騒々しい権力争いにはまったく興味がないかのようでした。

 2007年に、ダーウィンと同じ歳のピムが第一位になると、少し様子が変わってきました。ピムは第一位になってから現在まで圧倒的に力を持ち、同盟相手など必要がないかのようにも見えますが、ダーウィンには一目置いているようです。ダーウィンとピムは頻繁に遊動を共にし、またよく毛づくろいするようになりました。このためか、最近のダーウィンはちょっとエラソー…ではなく、貫禄がついてきたようにも見えます。



写真2 22歳のダーウィン。すっかりオトナオスらしい顔つきになった


 人間のダーウィンの名を不動にした『種の起源』が発表されたのは、ようやく彼が50歳のとき。チンパンジーのダーウィンは今年23歳。まだまだこれからだ。

(なかむら みちお 京都大学・野生動物研究センター)





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