第9回 ラーテル

五百部 裕


 ラーテル(Mellivora capensis)は食肉目(ネコ目)イタチ科ラーテル属に属する1属1種の動物です。別名をミツアナグマ(Honey badger)と言いますが、アナグマと近い関係にあるわけではありません。サハラ砂漠から北を除いたアフリカ大陸のほぼ全域に分布するとともに、中近東やインドにも分布しています。乾燥したサバンナから疎開林、さらには熱帯林と幅広い環境に適応した動物です。IUCN(世界自然保護連合)のレッドリスト(絶滅のおそれのある生物のリスト)には掲載されておらず、一応絶滅の危機には瀕していないとされています。日本では唯一、名古屋市の東山動物園で見ることができます。



図 ラーテル (Jキングドン1997 “The Kingdon Field Guide to African Mammals,” p232)


 頭胴長60〜80cm、体重は7〜16kg程度の中型の哺乳類です。頭から腰にかけては真っ白、腹側は黒っぽい色をしています。前肢は頑丈で爪が発達しているのに対し、後肢は貧弱で爪も発達していません。皮膚はたいへん分厚く、とくに頭から背中にかけては堅く、ライオンの牙すら通さないと言われています。別名の通り、ミツバチなどの社会性昆虫を主食にしています。また蜜蝋や昆虫とその幼虫、クモ、爬虫類、鳥類、そしてネズミなどの小型の哺乳類も食べます。加えて、ライオンなどが食べ残した死体を食べること(スカベンジング)も知られています。とくにミツバチなどの毒針を持った相手や兵隊シロアリといった頑丈な顎を持った個体を擁する社会性昆虫を食べるときに活躍するのが肛門腺と呼ばれる器官と堅い皮膚です。肛門腺から分泌される悪臭を放つ物質はこうした昆虫の活動性を低下させ、また堅い皮膚は針や顎による攻撃を防いでいます。ミツバチの巣を見つける時には、ミツオシエ科の鳥を利用します。この鳥はミツバチの巣を見つけると大きな声で鳴きます。それを手掛かりにラーテルは巣を見つけているわけです。一方ラーテルが巣を破壊することにより、この鳥も蜜蝋を食べることができるのです。このような見事な共生関係がラーテルとミツオシエ科の鳥との間には成立しています。

 ラーテルは、単独生活を基本としていますが、雌雄のペアで生活することもあるようです。夜行性とされていますが、昼間活動することもあります。雌は6か月ほどの妊娠期間ののち、最大4頭の子どもを出産します。飼育下では20数年生きることが知られています。

 私は一度だけ、マハレでラーテルを見ました。アカコロブスを追跡中に彼らがいる木の下でじっとしていた時です。ふと下を見ると、10mほど向こうにゴソゴソと動く白黒の物体を見つけました。最初は何かわからなかったのですが、じっとしていると私から数mのところをゆっくり通っていきました。その時に初めてラーテルであることに気づきました。こうした動物を思いがけず観察できるのも、フィールドワークの楽しみの一つでしょう。

(いほべ ひろし 椙山女学園大学・人間関係)


   


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