オモ、クリスティーナ出産!

井上紗奈


 2011年1月10日、チンパンジーを追って調査路を歩いていると、道のわきの木の上でぎゃあぎゃあ騒がしい声が聞こえました。見上げると、普段のけんかとは違ったようすで、オトナメスのオモがワカモノたちに追いかけられていました。調査を中断してそちらを見ていると、一緒にいたトラッカーが「オモに赤ちゃんがいるよ」と教えてくれました(写真1)。しかしわたしは、「赤ちゃんってあの赤ちゃん?ちいさくてミルクを飲んで・・」と間抜けな質問をしてしまうほど驚きました。なぜなら、わたしを含め調査隊のだれも、オモが妊娠していたことすら気づいていなかったからです。じつは、このとき群れには妊娠中の別のメスがいました。出産間近のクリスティーナは、お腹が大きく膨らみ動くのも大変そう、いつ産まれるかと調査隊一同、やきもきしながら見守っていました。一方オモは、お腹の膨らみはもちろん、ほかの目に見える変化もなかったので、まさに青天の霹靂。実際にオモの腕のあいだから赤ちゃんの小さな黒い頭を見るまでは信じられませんでした。一緒に見ていてすぐに気づいたトラッカーはさすがプロです。



写真1 オモと赤ちゃん(井上紗奈撮影)


 どうやら、ワカモノたちは新しくやってきた赤ちゃんが気になってしょうがない。しかし、いたずらでもされたら大変、と見せてくれない母親のオモとのあいだで攻防戦が繰り広げられていた、というのが騒ぎの真相のようです。そんなサプライズ出産でしたが、10日ほどすると、ワカモノたちも赤ちゃんの存在に慣れたようで追いかけまわすことも少なくなり、ようやく親子も静かな生活に戻りました。

 さて、問題はクリスティーナです。私が12月初めに調査に入ったときにはすでに大きなお腹だったので、クリスマスという名の兄がいるし、クリスマスイブに産まれたらおもしろいなぁ、などと想像をめぐらせていました。しかし、年が明けても産まれる気配がありません。そうこうしているうちにオモが出産。お腹の出ていないオモが産んで、お腹の出ているクリスティーナは産まない。もしかして極度のメタボ?と疑うほど、長い妊娠期間でした。そのクリスティーナが、ついに出産の日を迎えました。

 1月27日、わたしたちは調査のため、前日にチンパンジーの群れが向かった北の山に登っていたのですが、数時間待っても気配がないので引き揚げようとしていました。そのとき、南の道から何やら黒いものを小脇に抱えたクリスティーナがやってきて、斜面を少し下った岩棚に寝そべったのです。運よく、母親のお腹にのせられた赤ちゃんの姿が見えました。赤ちゃんは、ほっそりとした頼りなげな姿ながら、時おりキィという小さな声をあげて腕をもぞもぞ動かし、元気なようすでした(写真2)。前日の夕方の観察では出産前でしたので、26日の夜から27日の早朝にかけて産まれたようです。クリスティーナと赤ちゃんは棚の上でしばらく休んだ後、ここ数日行動を共にしている娘のザンティップと一緒にさらに北へと向かっていきました。ようやく産まれた!という安堵と、出産直後の赤ちゃんに出会った興奮でいっぱいで、ノートを取るのを忘れるほどでした。その夜に祝杯をあげたのはいうまでもありません。



写真2 クリスティーナと赤ちゃん(井上紗奈撮影)


 数日後、群れに合流したクリスティーナを見かけましたが、大きな騒ぎもなくすんなりとなじんでいました。しかも、赤ちゃんの扱いも、膝の上に載せたり片手であやしたりと手慣れたようす(おかげですぐにメスと判明)で、警戒心が強くて赤ちゃんの性別が1カ月たっても分からなかった初産のオモのケースとは対照的でした。(私が帰国したあとの調査で、オモの赤ちゃんはオス、と確認されました。)

 この赤ちゃんたちがすくすくと育ち、マハレのチンパンジーの群れがますますにぎやかになりますように!心から願っています。

(いのうえ さな 林原類人猿研究センター)





第17号目次に戻る次の記事へ