どんな動物にも大小さまざまな寄生虫(ムシ)が住んでいます。ヒトやチンパンジーもまた然りです。

太平洋戦争前、日本人は普通に回虫やサナダムシをお腹にもっていたようです。しかし、戦後GHQの指導のもと欧米的な衛生管理の概念が導入され、ムシは悪者だという印象が植えつけられました。畑に下肥を用いてはいけないとか、ムシがいたら虫くだしで退治するように指導があったようです。そうしていくうちに日本人のお腹からもムシがいなくなりました。その後、日本人にはアトピーや花粉症といったアレルギー性現代病が現われてきました(最近の厚生労働省の統計では日本人の3人に1人が何らかのアレルギー症状を持っているようです)。こういった背景を受けて、もしかするとムシがお腹にいない事(現代人が衛生的にキレイ過ぎる)がこういった現代病の原因ではないかという考え方が出てきました。

たとえば、ヒトの白血球の中に好酸球というタイプの免疫細胞があります。この細胞はアレルギーを起こしている部位に多くみられる細胞で、アレルギーの原因の1つと考えられています。実はその細胞の本来の使命はムシを攻撃する事なのです。ムシがヒトの体の中からいなくなってもそれを攻撃する好酸球は存在します。そうなると好酸球は行く場所が無くなり、活動の場を求めてアレルギーという間違った行動をとるのではないかと考えられているわけです。飼育下のチンパンジーでヒトと同じようにアレルギーを起こすという報告がありますので、ヒトと同じようなキレイと考えられる環境にチンパンジーをおいたために、チンパンジーがアレルギーを起こしたとも考えられるのではないでしょうか。

では、お腹にムシがいた方が良いのでしょうか?それとも悪いのでしょうか?これは種類と数によると思います。通常、宿主(ムシが感染するヒトや動物)はムシに感染されても症状を殆ど示さないと言われています。ムシはその多くが腸にくっついて宿主の栄養をもらって食べて生きています。

ところで、ヒトはお腹にムシがいることに気がつくのでしょうか?答えはYESです。あるアフリカに住む日本人は「お腹の中を動いているのがわかる」と言ってお腹の一部分を指してくれました。また、マハレで雇っているトラッカーが「お腹が痛い」といって指差した場所は、検査で見つかったムシが好んで住み着く場所でした。もう一人は本当にお腹が痛そうだったので調べて見たところ、沢山のムシが見つかりました。

では、マハレのチンパンジーはどうでしょうか?聞いても答えてくれなさそうなので、お腹を痛そうにする事があるかどうかで判断してみましょう。

ある日、エフィーというメスのチンパンジーがムシの入ったうんちをしました。その際、いかにもお腹が痛そうな体勢で排便しました。その時見つかったムシは前回の話でも書きました腸結節虫でした。腸結節虫は宿主の動物に症状を起こす数少ないムシの1つで、腸管にくっついて血を吸ったり、腸管の内側に入って巣のような塊を作ります。

ヒトも含めて動物は、排便時に痛みを伴うとき、その痛みを軽減しようとして体勢を変えたりしますので、「お腹が痛い」と言わないチンパンジーがお腹をこわしているかどうかを見分ける方法は、こういった排便時の姿勢なのかもしれません。

私はマハレのチンパンジーのムシを彼らの糞から間接的に調べていますが、個体によって感染しているムシの数や種類に差がみられます。これはおそらくそれぞれの個体の免疫力の違いによるものと考えられます。つまり、あるチンパンジーはお腹のムシを抑える力が強いが、別のチンパンジーはそれが弱いというわけです。お腹にムシがいるとヒトやチンパンジーの腸管免疫は活性化されます。もしかするとお腹にムシがいることでそれにつられて体全体の免疫力も上がり健康を保つ事ができるかもしれません。一方、ムシも免疫をかいくぐって生きて行かねばなりませんから、生きていく事はどこの世界でも大変です。今日はこの辺りで。次回をお楽しみに。


(こおりやま たかのり 北海道大学/(財)日本モンキーセンター)




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