五百部 裕

第4回 イボイノシシ




写真1: イボイノシシ(撮影:中村美知夫氏)。


  イボイノシシ(英名は〔Common〕Warthog、学名はPhacochoerus africanus)は、偶蹄目(ウシ目)イノシシ亜目イノシシ科イボイノシシ属に属しています。前回も指摘したように、A Quarter Century of Research in the Mahale Mountains: An overview (Nishida, 1990)のTable 1.1では、Bushpig: Phacochoerus aethiopicus、Warthog: Potamochoerus porcusとなっていますが、この記載には二重の誤りがあります。すなわち、ヤブイノシシ(Bushpig)とイボイノシシ(Warthog)を逆にしており、加えて古い学名が使われていることです。正確にはここに示した学名が最近使われているものです(ちなみにこの原稿の執筆時点では、Wikipediaのイボイノシシの記載でも古い学名がそのまま使われていました)。なお最近では、Phacochoerus aethiopicusは同じイボイノシシ属の砂漠イボイノシシ(Desert warthog)に用いられています。「ふつうの」イボイノシシは、西アフリカから東アフリカ、さらには南アフリカにかけて、熱帯降雨林を取り囲むように、非常に広い範囲に分布しています。一方砂漠イボイノシシには2亜種が知られており、ソマリアイボイノシシ(P. a. delamerei)はソマリアを中心とした「アフリカの角」の部分に分布しています。もう一方のケープイボイノシシ(P. a. aethiopicus)は、かつて喜望峰周辺の南アフリカに分布していましたが、現在は絶滅したと考えられています。

  イボイノシシの体長は1〜1.5メートル、体重は50〜150キログラムで、ヤブイノシシとほとんどかわりません。全身、灰色の体色をしており、大きな牙を持っているのが特徴です(写真1)。また、細い尻尾をピンと立てて走ったり、前肢を折り曲げ「ひじ」を地面についたような姿勢で草を食べたりと、少し「へんな」姿を見せるのがとても印象的です。生息環境としては、開けて乾燥した環境、すなわちサバンナや木がまばらな疎開林を好みます。マハレでの調査でも、森林植生下ではほとんど観察されません。こうした環境下で、ツチブタなどが掘った穴を一時的な「巣」として利用しながら、日中の暑さや乾季の明け方の寒さなどを避けて生活しています。群れの遊動域の中にこうした「巣」が100個ほどもあり、毎日利用する場所を変えているようです。基本的には草を食べて生活していますが、キノコや落果、さらには昆虫などの動物性の食物を食べることもあります。地中にある根やキノコなども、大きな牙を器用に使って穴を掘って食べるようです。母親と子どもからなる群れを基本単位として生活していますが、こうした群れがいくつか集まって「クラン」と呼ばれるより大きな集まりを形成することも観察されています(写真2)。雌の子どもはそのままクランの中に留まるようですが、雄は性成熟を迎える頃に生まれた群れを出て、単独生活を送るようになります。1回に最大8頭程度の赤ん坊を出産し、最大寿命は18歳程度とけっこう長生きする動物です。





写真2: イボイノシシの集まり(撮影: 花村俊吉)。

左の4頭が子ども。画面外にまだ数頭の子どもがいた。

右は2頭の母親なのか、母親と成長した娘なのか、定かではない。



  マハレでは1980年代以前にイボイノシシが観察されることはほとんどなかったようです。しかし現在では、疎開林植生のもとではふつうに観察できるようになっており、個体密度はブッシュバックよりも高くなっています。マハレでは年代によってチンパンジーの狩猟対象が大きく変化してきたことが報告されています。以前は観察されなかったチンパンジーによるイボイノシシの捕食が、1980年代に入ってから観察されるようになりました。こうした変化は、狩猟対象であるイボイノシシの分布や密度の変化に対応しているのかも知れません。こうした事例の積み重ねによって、チンパンジー狩猟の特徴をさらに追究していくことができるでしょう。


   

(いほべ ひろし 椙山女学園大学・人間関係)


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