どんな動物にも大小さまざまな寄生虫が住んでいます。その多くが腸管の中ですが、それ以外にも毛の間、目、皮膚、筋肉、血液、内臓などに寄生している場合があります。お腹の中に住む寄生虫は白くて細長いそうめんのようなものから紙テープのように長いものまで様々です。彼らは古代より動物に寄生するという形で生きてきました。ある虫は小腸や大腸に寄生するために大きく形を変え、あるいは同じ種類でも異なる動物に適した形に体を適応させるといった具合に進化してきました。彼らの多くは動物の腸管の細胞を少しだけ食べたり腸の壁に小さな穴をあけて血を吸ったりして生きていますが、普通の状態では宿主が痛みを感じることもなく気付くことも稀です。ヒトが気付くとすれば実際にうんちの中に寄生虫を見つけたときでしょう。幸か不幸か私はまだ見たことがありませんが。

  マハレのチンパンジーもお腹に寄生虫を飼っています。よく見られるものに腸結節虫という白くて爪楊枝ぐらいの虫がいます(写真1)。名前だけ聞くとお腹に塊(結節)を作りそうでちょっと痛そうですが、チンパンジーをはじめその他の霊長類にもよく見られる種類です。ズフラというメスは自分のうんちの中にこの寄生虫がいることを見つけ、暫くの間くねくねと動くこの寄生虫を見ていました。「気持ち悪い」と感じたのかわかりませんが、見ているだけで触ろうとはしませんでした。私はマハレにいる間は毎日彼らの健康チェックを行っているのですが、彼らの行動や怪我、便の状態などについて調べる一方で寄生虫についてもチェックしています。先ほど話に出てきたようなはっきりと目に見える寄生虫はなかなか見つかりませんが、顕微鏡を用いることで彼らの卵を見つけることができます。楕円形の卵がよく見つかりますが、大きさは大小様々で色は透明だったり茶色だったりと多様です。通常、この卵から孵った幼虫は糞からはい出してチンパンジーが食べる草に潜り込んだり、チンパンジーがグルーミングする際にお尻や手にわずかについた卵入りの糞が口に入ることでお腹の中へ入ったりします。これが繰り返されることで他のチンパンジーにも広がっていきます。



 

写真1: チンパンジーの糞便中に見られた腸結節虫(Oesophagostomum sp.)の卵(左)と、

糞線虫(Strongyloides sp.)の卵(右)。



  寄生虫と言ってしまうと病気のように思うかもしれませんが、通常の寄生虫であれば現実的には病気を起こすことはほとんどありません。寄生虫が問題になるのは免疫の低下した人や通常とは違う宿主の寄生虫に感染した場合です。後者では日本の動物園でヒトの蟯虫に感染したチンパンジーなどが体調不良に陥った例が報告されていますし、野生でもヒトの疥癬ダニがチンパンジーに感染して健康に影響を与えた事例が報告されています。これらはヒトの寄生虫が動物に健康障害をもたらした人獣共通感染症の例と言えます。マハレではヒトの寄生虫がチンパンジーに感染したという例は報告されていませんが、ヒトとチンパンジーの両方に感染が見られる条虫が報告されています。幸いこの寄生虫は健康障害を起こすということはほとんどないものですが、それ以外の毒性の強いものに対して今後ヒトがマハレに持ち込まないように注意していかなくてはならないですね。

  最後にもう1つ寄生虫の話を。野生のチンパンジーやゴリラの腸管内には繊毛虫という顕微鏡でしか見えない松ぼっくりのようなムシが住んでいます(Troglodytella abrassarti: タイトルの右横の写真)。なぜ野生下に限定されるかというと、このムシは飼育下のチンパンジー達のお腹からは検出されないのです。飼育下の動物達は当然野生下とは違う食べ物を食べていますが、これが少し影響していると考えられます。つまり腸内環境が違うため彼らにとって居心地の良い場所ではなくなったということです。もちろんこのムシがいなくなったからといって健康に影響することはありません。飼育下のチンパンジーはおそらく野生よりもおいしくて高栄養の食べ物をもらっているはずですが、それを当のチンパンジー達はどう思っているのでしょうね?ちょっと聞いてみたいところです。それでは今回はこの辺りで。続きをお楽しみに。



(こおりやま たかのり (財)日本モンキーセンター)


   


第12号目次に戻る次の記事へ