男たちの熱い闘い―新政権のゆくえ

稲葉 あぐみ

 

写真1: 前第一位、アロフ(2007年9月)。



 

写真2: 現在の第一位、ピム(2007年9月)。



  2007年8月はじめから12月下旬まで、マハレでチンパンジーの大人雄の社会関係を調べました。この年、Mグループの政権交代が起こりました。第一位のアロフ(25歳、写真1)に年少のピム(19歳、写真2)が対抗して政権を奪取したのです。さかのぼること2003年11月、第一位だったファナナ(当時25歳)が突如失踪したため、第二位のアロフ(当時21歳)が繰り上がり第一位となりました(※1)。以来3年半、アロフは第一位の座を守ってきましたが、2007年6月にマハレに滞在した中村美知夫さんによると、この頃にはピムがアロフにパントグラント(優位者へ向けた挨拶)をしなくなり、関係がおかしくなっていたそうです。それから8月にかけて政権争いがおこなわれたようですが、その経緯は明らかではありません。8月17日にアロフがピムにパントグラントをするのを西田先生とともに観察したので、このときまでには順位が逆転していたと考えられます。ピムは若く眼光するどい暴れん坊で、力をみせつけるための威嚇誇示を頻繁におこないます。ズルズルと続くアロフの威嚇誇示とは対照的に、ピムのそれは短くても迫力があります。政権交代後、他の雄たちはアロフにへつらう一方、ピムが出てくるとそちらに従うという優柔不断な態度をとっていました。アロフは体力的にまだ余裕のある年齢で、政権奪還をねらってピムに挑むこともありましたが、結局は第二位に落ち着いた模様です。ピムにとっての脅威は、むしろ台頭しつつある伸びざかりの弟分たちでしょう。その代表がプリムス(16歳)です。子供っぽい顔立ちに堂々たる体躯。第三位にいてピムとアロフを脅かしています。カドムス(16歳)も小柄ながら抜群の瞬発力と運動神経をもっており、私たちは上位雄としての将来を有望視しています。


※1:西江仁徳さんの報告(『マハレ珍聞』第3号)。その後のファナナの去就については、第4、6、7号をご参照ください。



 

 

写真3: アロフ(右)が突撃してくると、カルンデ(中央)は便乗して走り出し、ピ ム(左)は逃走した(2007年8月、撮影: 郡山尚紀氏)。



  若者たちが活躍する一方で、古参のカルンデ(44歳)も健在です。2008年の1月から3月にかけてNHKで放映された三つの番組(※2)では主役として登場し、その政治的影響力が紹介されました。8月28日、発情雌をめぐり雄たちがピムに対抗していました。ピムはカルンデに再三助けを求めましたが、アロフが突撃してくるとカルンデはピムを裏切り、一緒になってピムを追いかけました(写真3)。ピムは一目散に逃げた後、カルンデのもとへ急いで戻り、しがみついて仲直りしました。また11月13日にピムがプリムス&カドムス・チームとの小競合いに敗れたとき、他の雄たちが静観する中で、カルンデだけはすかさずピムの側へ歩み寄りました。これらの出来事がピムの地位をゆるがすことはありませんでしたが、今後、雄たちの出方次第で力関係が変動することがあるかもしれません。


※2:タイトルと番組名は次の通りです。「発見!チンパンジーの"老人力"」(ハイビジョン特集)、「"老人"パワーだ!チンパンジー」(ダーウィンが来た!生きもの新伝説)、「アフリカ森の政権争い〜長老チンパンジー大活躍〜」(NHKスペシャル)。



 

写真4: 帰ってきたファナナ。顔の右側に真新しい大きな傷があった(2007年9月)。



  政権交代を見通していたようにMグループの中心に戻ってきた雄がいます。2003年以降、姿をくらまし放浪生活を送っていた前々代の第一位、ファナナ(29歳、写真4)です。2007年8月は他のメンバーと数日間一緒に行動したのち数日間いなくなるというパターンを繰り返していましたが、9月にはすっかりなじんだ様子でした。11月12日、皆が休憩している小高い丘に数日ぶりにファナナが現れました。アロフ、カルンデ、カドムス、ターニー(雌、推定16歳)が連なって毛づくろいしているところへ静かに歩いてきて座ると、4人は一斉にファナナの方へ向き直り、彼を囲んで毛づくろいを始めました。ファナナは空白の年月をうめあわせるかのように、雄たちと熱心に遊びもおこなっていました。ピムと一緒にいることが多く、順位こそ下げてしまいましたがピムから頼りにされている様子です。ピム体制の動向を見守っていきたいと思います。



(いなば あぐみ (財)日本モンキーセンター)


   


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