マハレの動物たち

五百部 裕



第3回 ヤブイノシシ


ヤブイノシシ

姿を現したヤブイノシシ(撮影:中村美知夫氏)。


 ヤブイノシシ(英名はBush pig、学名はPotamochoerus larvatus *)は、偶蹄目(ウシ目)イノシシ亜目イノシシ科カワイノシシ属に属しています。彼らは、エチオピアから東アフリカ、さらにはコンゴ川とカサイ川の南側から南アフリカにかけて広い範囲に分布しています。同じカワイノシシ属にはもう1種アカカワイノシシ(英名はRed river hog、学名はPotamochoerus porcus)がおり、こちらはヤブイノシシのいない、コンゴ盆地からギニア湾沿岸の森林地帯を中心に分布しています。ちなみにヤブイノシシは、本州や九州、四国にいるニホンイノシシ(学名はSus scrofa leucomystax)とは属レベルで異なると考えられています。体長は1〜1.8メートル程度、体重は50〜150キログラム程度で、ニホンイノシシとほとんど同じです。同じカワイノシシ属のアカカワイノシシが文字通り赤っぽい色をしているのに対し、ヤブイノシシの体色は多様で、赤っぽい色をしたものから灰白色のものまでいます。

 ヤブイノシシは、その名のとおり基本的には密なブッシュ(藪)を生息場所として好みますが、森林から疎開林まで幅広い環境下に生息しています。雑食性ですが、鋭い嗅覚を利用して、根や塊茎、球根といった植物の地下部を掘り起こしてよく食べています。また地上に落ちた果実も頻繁に利用しています。実際カンシアナ・キャンプにあるアブラヤシの果実が実ると、夜な夜な現れては落果を一心に食べていました。トカゲやヘビといった爬虫類などの小動物を食べることもありますし、時には哺乳類の死体をあさって食べることも知られています。授乳中の母子の群れや交尾期に見られる雌雄の群れを除くと、単独生活を送っています。1回に10頭程度の赤ん坊を出産し、赤ん坊は1年半ほどで性成熟に達すると考えられています。

 マハレとゴンベでは、チンパンジーによるヤブイノシシの捕食が観察されています。いずれの地域でも、おもに子どもや赤ん坊のヤブイノシシがチンパンジーによって狩猟されています。マハレでは年代によってチンパンジーの狩猟対象が大きく変化してきたことが報告されています。とくにアカコロブスの狩猟頻度が著しく増加する一方で、ブルーダイカーの狩猟頻度は減少していることが知られています。こうした変化の中にあって、ヤブイノシシの狩猟頻度は比較的安定しており、あまり変化が見られません。一方でヤブイノシシは夜行性のため、残念ながらセンサスによる個体数推定が行われておらず、個体数の増減に関する情報がありません。チンパンジーによる狩猟がヤブイノシシ個体群にどのような影響を与えているのか? なぜヤブイノシシは安定的に狩猟されるのか? こうした問題を明らかにしていくためには、なおいっそうの研究が求められます。

*:A Quarter Century of Research in the Mahale Mountains: An overview (Nishida, 1990)のTable 1.1では、Bushpig: Phacochoerus aethiopicus、Warthog: Potamochoerus porcusとなっているが、いずれも誤り。ここに示した学名が最近使われているもの。ちなみに最近は、次回取り上げるイボイノシシ(Warthog)の学名としてPhacochoerus africanusを用いる。


(いほべ ひろし 椙山女学園大学・人間関係)


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