第42回 プリムス紹介者 保坂 和彦
1991 年8 月、初のマハレ調査に入った私が見たプリムスはまだ生後3 か月の赤ちゃんでした。母親ピンキーには、オパールといういつも一緒に歩く友だちがいました。このオパールにも、生後2 か月の息子オリオンがいました。当時のプリムスとオリオンは、木の枝にぶら下がって蹴りっこ遊びをするなど、一番の遊び仲間でした。ちなみに、プリムスという名前は、キゴマを通過する日本人研究者に親しまれていたブルンジ産ビールの銘柄にちなんでいます。
写真1 カニバリズム直後のプリムス(中央)。口には食べきった死体の一部が残る。覗き込む妹パフィーは息子ピースを抱いている。左端は発情雌クーピー。(2015 年8 月20 日、保坂撮影) 2023 年8 月、コロナ禍を挟んで4 年ぶりに会ったプリムスは、随分と雰囲気が違っていました。失脚して3 年半が経過し、すっかり低順位が板についていました。私が驚いたのは、母を失って間もない3 歳雄ヌルに対して、プリムスが毛づくろいや運搬、果実分配、救済などのアロマザリング(母親以外の個体が子の世話をすること)をしたことです(写真2)。ヌルが最も頼りにしていたのはオリオンでしたが、アロマザリングする個体や内容はさまざまで、この話がどのように展開するかは今後の研究を待つ必要があります。ともあれ、アルファ雄時代のプリムスの姿と、好好爺のようになった今の姿が非常に対照的で面白いです。どちらの姿もチンパンジーの本質を反映しており、それが何なのか考えることこそ、観察者としての責任であり魅力でもあると感じています。
写真2 3 歳の孤児雄ヌルへの毛づくろい中、手を休めるプリムス(右)。向こう側で自分を毛づくろいする雌はテト。(2023 年8 月28 日、保坂撮影) (ほさか かずひこ・鎌倉女子大学) 第42号目次に戻る |