チンパンジーの狩猟と食物分配

チンパンジーは何を分配するの?

 マハレのチンパンジーは大きな果実や房状の果実を分け合うこともありますが、稀です。ほとんどの場合、食物分配の対象はチンパンジーが狩猟して殺した小型の哺乳類の肉です。


房状の果実(ブホノ Pseudospondias microcarpa)を分け合う2頭のオトナ雄(左:カルンデ、右:アロフ)


樹上でアカコロブスの肉を食べるα雄ピム(右)と肉をねだりにた雌たち(左:シンシア母子、中央:ピムの母ファトゥマ)

チンパンジーが狩猟する獲物にはどんな動物がいますか? 

 マハレのチンパンジーの狩猟対象は1990年代以降、8割強がアカコロブスという葉食性のオナガザルです。この傾向はアカコロブス類が同所的に生息する他のチンパンジー長期調査地でも同じです。マハレM集団では長期研究の進行とともに段階的に狩猟頻度が増え、さらにアカコロブスが獲物構成に占める割合も大きくなりました。


マハレでは森林性レイヨウ類(ダイカーなど)やイノシシ類(ブッシュピッグなど)の偶蹄類も肉食の対象となります。


獲物構成の長期的変動

どういうときにどうやって狩猟をするの?

 マハレでは例年8月中旬〜9月頃にチンパンジーの狩猟頻度のピークが訪れます。その季節はイロンボなどの果実が豊富であるため、エネルギー摂取に必要な食物が欠乏する季節に対する適応戦略という説明は当てはまりません。チンパンジーに対して攻撃的なアカコロブスと対峙して闘う側面のある集団狩猟は、大きな群れで動いている栄養豊富な季節にこそ起こりやすいという事情が影響しているようです。


哺乳類食頻度の季節性(1981〜1995年の月別平均値)

チンパンジーはどのように分配するの?

 チンパンジーが肉を分配すると言っても、切り分けて待っている仲間に積極的に与えるわけではありません。また、ヒトの狩猟採集民のように狩猟の仕方や道具の所有によって分け与える部位や量が決まるわけでもありません。
 一般的には、チンパンジーのオトナの間の食物分配は、掌を上にした手を口元に伸ばす執拗な物乞い行動への消極的な反応として見られます。物乞い行動自体は母子間でも見られることから、非血縁者間の食物分配の起源は母子間の食物移動にあるのでしょう。興味深いことに、チンパンジーは劣位者が優位者に挨拶行動をする際、この物乞い行動に似たふるまいを見せます。ねだる者はたとえ優位者であっても劣位にふるまい、ねだられた者は惜しむふるまい、無視する態度を見せます。そこには、音声言語なき類人猿が食物を介して豊かな社会的な相互作用の場をつくる様が見てとれます。


アカコロブスの肉を食べるα雄アロフ(右)に向かって物乞い行動をするマスディ(左)


アカコロブスの肉を食べるα雄アロフ(右)と肉をねだりに来た老齢雄カルンデ(中央)とアロフの母ワクシ(左)

「こ、これはつらい!」
2頭の老齢雌、ワキルヒア(左)と ダル(右)に覗き込まれる肉食中の ントロギ(中央)

「知ーらないもんね…」
ントロギは視線を上にそらします。
2頭の雌はますます肉を凝視してプレシャーを与えます。


「ントロギさ〜ん♥」
若雌のアミサも顔を突っ込みます。
ントロギはがつがつ食べ続けます。
雌たちもだんだん大胆に…。

「もういい…食え!」
ントロギが握る肉をアミサ(中央)が掴み、ダル(右)は口に運びます。


文責・写真・図:保坂和彦