調味の起源?

清野未恵子

 

レモンの樹のうえでレモンをかじりつつ、アカコロブスの肉(白い毛皮が見えている)をむさぼるファトゥマ。


 2006年8月12日、それまでイハンブワというイチジクの樹で静かに果実を食べていたチンパンジーたちが、急にそわそわし始めました。オトナオスたちはパントフートをあげながら興奮気味に樹に登りアカコロブスに接近していきます。それを見ている周りのオトナメスやコドモたちも彼らの一挙一動に注目しています。9時48分、狩りの始まりです。アカコロブスとチンパンジーの激しい攻防戦が続き、10時08分、オトナオスのアロフとオトナメスのファトゥマがそれぞれ別の場所でアカコロブスを捕まえました。周りにいた個体はアロフかファトゥマを追いかけます。私はファトゥマのほうに向かうことにしました。ファトゥマは獲物を口にくわえてひたすらグループの中心から離れます。逃げても逃げても他個体が訪れ、そのたびに大騒ぎが起こり、ファトゥマは落ち着いて食べることができません。頭の一部を食べたきりで、獲物の身体は周りに集まって来る個体に少しずつもぎとられていきます。14時03分、ようやくファトゥマとそのコドモたちだけになりました。ファトゥマらは川のそばに腰をすえ、落ち着いて食べ始めます。やがてファトゥマは遠くに離れてしまった他のメンバーの声を気にしながら、少し移動しては立ち止まり、肉を食べ続けます。そしてカンシアナキャンプのそばを通りかかったときのことです。ファトゥマはレモンの樹に登り、レモンと一緒に肉を食べ始めました。レモンをかじり、肉をかじり、レモンをかじり、肉をかじり・・・。観察していて思わずよだれが出そうになりました。これまで何度か肉食を観察したなかで、よく肉と一緒に食べられるのはイロンボと呼ばれる樹の葉でした。レモンと交互に食べるのを見たのは今回が初めてです。

 レモンの樹は、普段から果実を食べるためによく利用されますが、その場合は果実だけをつぎつぎにもぎとっていきます。今回は先行していた他のメンバーがレモンの多いカンシアナキャンプを遊動しており、ファトゥマがその跡を追った結果、普段どおりレモンを食べるという行動に肉食が重なっていただけかもしれません。ですが、こういった偶然の組み合わせが新しい味覚を刺激することになり、次回肉を食べるときにレモンを欲するようになるのかもしれません。同じ食材がいろいろな調味によって異なる美味しさを引き出す、われわれ人間の多彩な食文化のルーツが垣間見えたような気がしました。



(きよの みえこ 京都大学)




第9号目次に戻る次の記事へ