マハレの動物たち

五百部 裕



第2回 ブッシュバック


ブッシュバック

 ブッシュバック(学名は、Tragelaphus scriptus)も、前回紹介したブルーダイカー同様、マハレではよく知られた有蹄類の一つです(写真)。ブッシュバックは、偶蹄目(ウシ目)ウシ亜目ウシ科ウシ亜科ネジツノレイヨウ族(Tragelaphini)ブッシュバック属(またはネジツノレイヨウ属、Tragelaphus)に属しています。同じ族には東〜南アフリカにかけて広く分布するエランド(Taurotragus oryx)が、また同じ属にはコンゴ盆地を中心に分布するボンゴ(Tragelaphus euryceros)やシタトゥンガ(T spekei)といった動物たちがいます。

 ブッシュバックはこうした仲間の中での最も広い分布域を持ち、アフリカ西海岸から東海岸まで、さらには南部アフリカのインド洋沿岸地域にまで分布しています。その名のとおり、基本的には密なブッシュ(藪)を生息場所として好み、また生存には水を必要としています。しかし彼らの分布域の広さからも明らかなように、環境に対する適応力が高く、ごく小さな茂みでも生息することができ、また"露"に頼って水分補給することもできると言われています。

 ブルーダイカーとは違って、角を持つのは雄だけです。雄は成長すると最大で80kg程度、雌は60kg程度になります。黄色がかった赤を基調とした体色をしており、そこに白の斑点やストライプが入っています。ブッシュバックも、他のウシ亜目の動物と同じように植物食に特化した消化器官を持ち、草本やブッシュに生える低木の若葉などを主食にしています。また果実や蕾などを食べることもあるようです。雄は単独生活を送り、雌は血縁個体と小さな集団を作って生活しています。夜行性で、雌雄ともはっきりとしたなわばりは持っていないようです。子どもは1歳で性成熟を迎えますが、雄の場合、角の大きさがおとな並みに成長するには3年ほどかかります。

 マハレとゴンベでは、チンパンジーによるブッシュバックの捕食が観察されています。いずれの地域でも、おもに子どもや赤ん坊のブッシュバックがチンパンジーによって狩猟されています。またマハレでは、チンパンジーによるブッシュバックに対するスカベンジング(死肉食)も観察されています。

 ブッシュバックは、マハレでの哺乳類を対象とした個体数推定において、1990年代半ばから2000年にかけて、唯一はっきりと減少傾向が認められている種です。前回紹介したブルーダイカーが増加傾向にあるのとは対照的です。なぜブッシュバックは減少しているのか? 一つの可能性として、チンパンジーによる狩猟が挙げられます。というのも、1990年代半ばまでのチンパンジーによる1年当りの捕食率は、ブッシュバック個体群の10%弱であり、個体の増加率を上回っていたと考えられるからです。またヒョウによる捕食も個体数減少に大きく関わっている可能性があります。加えて、植生の遷移もブッシュバックの個体数減少を考える上で無視できない要因だと考えられています。なぜなら、マハレではブッシュバックは疎開林に多く生息していますが、その疎開林が減少していそうなのです。これは、マハレが国立公園になったあと、それまで行われていた焼畑作りのための野焼きが行われなくなり、少しずつ疎開林が森林に置き換わっている可能性があるからです。こうした可能性をはっきりとさせていくには、個体数や捕食率の推定、植生遷移に関するさらなる研究が必要です。


(いほべ ひろし 椙山女学園大学・人間関係)


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