Pan Africa News 25(2)の記事から

タイ森林チンパンジー・プロジェクトの調査が40 年
(by ローマン・M・ウィティッヒ) オリジナルの英文記事へ

 ほぼ40 年前の1979 年、クリストフとヘドウィッジのボッシュ夫妻は、コートジボアールのタイ国立公園に、熱帯多雨林地域の原生林としては世界初となるチンパンジー長期調査地をスタートさせた。ユネスコ「人間と生物圏」(MAB)計画の地域に設立したキャンプを拠点にして、夫妻はチンパンジーを餌づけによらないかたちで人の観察に慣らす手法を採用したため、直接観察が可能になったのは1982 年のことであった。以後、ナッツ割り行動、狩猟行動の観察において顕著な成果が出始めた。1997 年にクリストフがマックスプランク進化人類学研究所の所長となってから、タイ・プロジェクトが扱う研究テーマは、行動生態学、コミュニケーション、認知、社会、文化へと大きく広がった。


マハレのチンパンジーによるナツメヤシの利用:直接観察による社会的学習
(by 島田将喜) オリジナルの英文記事へ

 2018 年8 月にマハレM 集団のオトナメスKPが、ナツメヤシの小葉片を先端から葉軸にかけて裂いて加工し、そのアリ釣り棒を用いてオオアリ釣り行動を行った。その後血縁のないコドモメスJR が接近し、KP のアリ釣りを観察をしたのち、自らもJR と同様にナツメヤシで釣り棒を作成しアリ釣りを行った。彼らが去ったのちに現れた老齢メスXT は、アリ釣りはしたもののナツメヤシを利用しなかった。マハレでの50 年以上の研究史上、ナツメヤシの利用が確認されたのは今回が初めてである。ナツメヤシを利用したアリ釣りが含む行動要素は他の素材の道具を利用したそれと同じだったことから、この事例はアリ釣り棒作成に利用可能な素材の知識に関する革新(innovation)の例である。JR はKP のアリ釣りを直接観察したことで、棒の素材を推論し新奇素材を加工しアリ釣りを実現していることから、JR の社会的学習は目的模倣(emulation)と考えられる。


ワンバで観察されたボノボオスの隣接集団への短期訪問
(by 戸田和弥、徳山奈帆子、石塚真太郎、古市剛史) オリジナルの英文記事へ

 オスが出自集団に定住する「父系型社会」に暮らすパン属では、成熟したオスの近隣集団への訪問や移入の事例は非常に限られている。ワンバのボノボ調査地にて、1頭のオトナオスが2日間だけ隣接集団を訪問し、パーティーメンバーの周辺部を遊動しながらも、性皮腫脹を示した2 頭のメスと交尾する様子が観察された。本事例は、敵対性が弱く寛容的な他集団にオスが交尾機会を求めて訪問しうることを示唆する。


ヒョウ2 頭によるマハレのチンパンジー母子に対する狩猟未遂事例
(by 西江仁徳) オリジナルの英文記事へ

 2018 年8 月にマハレM 集団のチンパンジー母子(母親と7 歳と1 歳の兄弟)が、2 頭のヒョウに狩猟されかけていた事例(未遂)を観察した。この日はこの母子はほぼ単独で遊動しており、M集団の多くの個体は遠く離れた山の上を遊動していた。母親が発した吠え声を聞いて現場に向かったところ、樹上にチンパンジー母子がいて、その樹の下の地上にヒョウがチンパンジー母子を見上げるかたちで対峙していた。ヒョウは人間の観察者がやってきたときに樹の下から離れたが、薮の中から人間に向かって威嚇音を発していた。しばらくするとさらに近くから別のヒョウの声が聞こえたため、このとき2 頭のヒョウがチンパンジー母子を取り囲んで狩猟を試みていたと推測された。


殺戮をめぐる不思議―なぜチンパンジーは石を武器として使わないのか?
(by ウィリアム・C・マックグルー) オリジナルの英文記事へ

 チンパンジーが集団攻撃によって(互いに知る)同種個体に大怪我を負わせたり、ときに死なせてしまったりする観察がしばしば報告されてきたが、私が知る限り、道具使用(つまり武器使用)による殺戮はない。おそらく、怪我を負わせるところまでは(攻撃者間で)同意する傾向はあっても、はっきり殺してしまう意図はないのであろう。検証不能な仮説かもしれないが、武器になりそうな道具の入手可能性、石器使用頻度、集団攻撃の発生頻度にそれぞれ地域差がある。系統的に調べる価値はあるかもしれない。




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